障害年金の壁 その2 初診日後に支払った保険料

我が国の公的年金各制度は、他のところでも書いたように、保険主義をとっています。

そのことによって、公的年金とはいえ、民間の保険会社と同様の論理が働くわけで、決められたとおりに保険料を支払っておかないと、保険金に相当する「年金」を受け取れないこともあり得る、という仕組みになっています。

当然、「老齢」、「遺族」、「障害」の三つの年金いずれも、保険料を何ヵ月分支払ったかが、年金支払いの重要な条件になります。これを保険料納付要件(略して単に「納付要件」ともいう。)といいます。

1.保険料納付要件

保険料納付要件については、他のページ「障害年金はどんな場合に受給できるのでしょうか」でご存知かもしれませんが、もう一度ここに書きます。

障害年金では、原則として初診日の前々月までに国民年金の被保険者期間がある人なら、保険料を支払った期間(保険料納付済期間)と、保険料を免除された期間(保険料免除期間)の合計月数が、その期間の月数の三分の二以上あるときに、納付要件を満たした、ということになっています(平成3年4月末までの初診日の場合は別に定めがある。)。

そしてもう一つ、これは平成18年3月末までに初診日がある場合に限り、初診日の前々月までの1年間が、保険料納付済期間か保険料免除期間だけ(滞納月が1ヵ月もない)、というときは、上の原則の方の要件を満たさないときでも納付要件を満たしたとみなされます。

2.保険料を初診日後に払い込んだ月は、障害年金に限り無効という政府の言い分

これから述べることは、実は、かなり分かりにくいのではないかと思っております。できるだけ分かりやすく書くように努めていますが、よくよく玩味して下さることを、前もってお願いしておきます。

@ 年金裁定機関(年金の支払を決定するところ)での審査のやり方

障害年金を支払うべきかどうかを審査する現場、つまり、東京の社会保険業務センターや各地の社会保険事務所が納付要件を審査するときのやり方は、次のとおりです。

納付要件を満たしているかどうかを判定するに当って、先ず障害の原因となった病気や怪我についての初診の日以降に払い込んだ保険料があるかどうかを見ます。

そして、初診日以降に払い込まれた保険料があれば、それを控除した上で初診日の前々月までの納付月数を数え、納付要件を満たしているかどうかを判定する、というやり方をしています。

A このやり方で何も問題ないのだという、厚生省の言い分

@ 法律の条文に、そう書いてあるじゃないか

 たしかに、国民年金、厚生年金とも、年金法の条文には初診日の前日において  (被保険者期間と納付月数の数え方)  当該被保険者期間の三分の二に満たないときは、この限りではない。」と書いてあります。

法が「初診日の前日において、」と言っている以上、初診日以降に保険料が納付された期間は審査の対象にならないのは当然だ、というのが、すべての年金行政に関わる人の共通認識です。

A 怪我や病気が出てから保険料を払うのは、火事になってから火災保険に入るようなもんだ

さらにもう一つ、病気や怪我をして病院に駆け込んだあとで、保険料を払い込んで障害年金を請求しようなどというのは、火事になってから火災保険に入るようなもので、とんでもない、こんなことを認めていたら、年金制度は大混乱をきたす、という言い方もしています。

以上の二点は、なかなか説得力がありますよね。これで攻められると絶句してしまう人がほとんどです。(恥ずかしいことですが、私も、始めてこれを聞いたときは直ぐに反論ができませんでした。)

3.政府の言い分に対する私の反論

以上の政府の法解釈について、私は次のように考えます。

@ 障害年金に限って「保険料納付済期間」の取り扱いを変えていいの? 

先ず第一に、法律では、保険料納付済期間というものをきわめて単純に定義している、ということです。「保険料を払い込んだ月は保険料納付済期間」(国民年金法第5条第2項)だと。しかし、払い込みをした日付によって異なる取り扱いをしてもいい、というような規定は、もちろん年金法の何処にもありません。

老齢基礎年金では、原則として加入期間の上限と決められている59歳を過ぎてから払い込まれた保険料も保険料納付済期間に算入することになっています。

その納付期限も、(条件付ではありますが)64歳まで、69歳までと2回も延長されてきました。それはそれでよろしい。

でも、障害年金の方は、「保険料納付済期間」を老齢年金とは違うやり方で扱ってもいいんだという厚生省の言い分は、法のもとの平等を定めた憲法第14条に違反している疑いが非常に濃い、と言わなければなりません。

A 「初診日の前日において」という文言は、何のためにある?

政府が、ここで問題にしているような取り扱いが正しいとする根拠は、「初診日」という文言にあります。この3文字を唯一の根拠として、初診日の前日において払い込み済みが確定している保険料納付済期間だけを判定の対象にするんだ、というわけです。

では、この文言の働きについても検討してみましょう。

その前に、老齢基礎年金の方では保険料納付要件がどう決められているのかをみておきましょう。老齢基礎年金は、「保険料納付済期間と保険料免除期間を合算した期間が25年」ある人に支払うこととなっています(国民年金法第26条)。

障害年金の納付要件に比べて、ずいぶんシンプルな規定になっているではありませんか。それは、いつからいつまでの分の保険料か、というように期間を限定する規定がないからです。

何故かというと、老齢年金では、その人が生まれた瞬間に、年金についてのプログラムがすべて決まってしまうことから、特にそのことを規定する必要がないからです。

つまり、保険料を払い込む期間は20歳から59歳までの40年間で、とにかくこの間に25年(300ヵ月)分以上の保険料を払えばいいんだよ、という決め方をしているわけです(私はこれを、「絶対的納付要件」と名づけています。)。

一方、障害年金(遺族年金の一部でも同じですが)では、その原因となる障害や死亡がいつ発生するかを前もって知ることができません。だから、「初診日の前日」または「初診日の前々月」というもので加入期間を確定し、その期間内で保険料納付済期間が三分の二以上であるかないかを判定することにしているのです(私はこれを、「相対的納付要件」と名づけています。)。

つまり、老齢基礎年金では59歳、64歳、69歳というような年齢で区切るところを、障害基礎年金では、ことの性質上「初診日」で区切っているだけのことで、老齢基礎年金との兼ね合いで見るならば、「初診日」には測量の杭のような働きしかないとみるのが適正な解釈でしょう。

「初診日」という文言によっても、前項で説明した「保険料納付期間」の定義をくつがえすことはできない、というのが私の解釈ですが、皆さんはどう思われますでしょうか。

B 病気や怪我をしてから保険料を払って障害年金を請求するのは、火事になってから火災保険に入るのとは違う

次に「火事になってから火災保険に入る云々」のことですが、これは、さすがに厚生省の各機関といえども、公式には明言していないようです。

なぜなら、火災保険に限らず、民間保険会社の損害保険というものは、契約書に印を押し、かつ、保険料を払い込んではじめて効力が生まれる(保険関係の成立という。)ものです。

しかし、公的年金は違います。保険関係の成立すなわち年金制度への加入は、ある条件のもとでは、法律上自動的になされる(国民年金法7条)のです。だから、「火事」になる前に、ちゃんと保険関係は成立しているのです。保険料の問題についてはすでに説明したとおりです。

こう見てくると、政府の言い分が理論的に全く成り立たないことは、年金法を詳しく検討すれば誰にでも分かることなのに、これほど国民を苦しめるための道具、私の言葉でいえば、排除の理論の一つにまでしてしまったことについては、私も含めて、年金に携わるものにとって、その怠慢を責められても仕方がありません。一日も早くこれを克服することが必要です。

C 私の一つの推測

実は、私が社会保険労務士として駆け出しの昭和63年頃、国民年金に加入手続きをせずに傷病にかかった場合の被保険者資格と、保険料を初診日後に払い込んだ場合の問題点をどう考えたらいいのかについて、なかなか結論が得られずに悩。んでいたことがありました

それで大阪市内の某社会保険事務所の国民年金業務課長にそのことを尋ねたことがあります。その課長は、第一に被保険者資格は法律的に当然に取得するものである(前述のとおり)から加入要件は満たされていること、第二に、保険料は時効(2年間)にかかって消滅していない限り、いつでも納付できるし、それは、障害年金においても、当然保険料納付済期間としてカウントされる、という回答を得て、目からうろこが落ちる思いをしたことを思い出します。

それがその当時のすべての年金行政機関の法解釈であったと、直ちに断ずることはできませんが、かつてはその解釈が一般的だったものが、いつからか急転回したのではないかという疑いは、かなり濃厚です。

あくまでも推測ですが、誰か頭のいい厚生官僚がいて、あのような姑息だが効果的な理論を発明し、それで障害年金の一部を阻止した、こんな図式があったのかも分かりません。

もしもそれが事実で、全国の官公庁の年金担当者がそんな大切なことをやすやすと、しかもいっせいに受け入れたとするならば、その人たちの責任は相当に重いものになるでしょう。

しかしながら、再言しますが、このことについては、あくまでも行政の内部を知らない私の推測で、今のところ、裏づけが取れていないことを申し上げておきます。