船橋の空は暗かった。その暗闇の中にひときわ大きな光の塊が浮かび上がる。船橋市民球場には、ファイナル常連ながら未だ制覇のない船橋レッドギャンブラーと、ファイナル決勝初進出を果たした奈良スタッグスと、双方のファンが詰めかけていた。秋風吹く中、その冷たさは微塵も感じられない。ともに悲願の初優勝を目指すファンの叫びを含んだざわめきが、球場を覆っていた。
ファイナルは西沢幸忠の完投勝利から始まった。初回から打線が爆発した奈良Sだが、その後は打線が沈黙。第2戦では初回の1点のみ、わずか5安打に抑えられた。舞台を奈良に移しての第3戦では、6回に逆転に成功するも9回に嵯峨理樹が打ちこまれまさかの逆転負け。チーム全体に危機感が募る。
船橋に傾きかけた流れを止めたのはベテランの藤森亨だった。落ちないフォークを武器に9回を5安打2失点にまとめ、無四球完投でタイに持ち込む。第5戦ではここまでファイナルで登板のなかった秋川将が奮闘。シーズン最終戦で4安打完封した勢いで、この試合も2失点完投勝利、ついに王手をかけた。
しかし、第6戦では再び嵯峨が打ち込まれた。1点リードの9回、先頭の馬場圭一に同点弾を浴びると、そのまま打たれてサヨナラ負け。嵯峨はリリーフ失格の烙印を押され、船橋にとって勢いのつく形で、第7戦を迎えたのであった。
奈良Sの先発は第1戦で好投した西沢、船橋も第1戦でKOされた柴田善臣が雪辱を期してのマウンドとなった。柴田は三者凡退と順調に滑り出す。一方の西沢は苦しい。亀山重徳に先制二塁打を飛ばされ、さらにパオロ コステロにも適時打を打たれる。あっさりとリードを許してしまった。
2回は落ち着きを取り戻したかに見えたが、3回、ここまで当たっていなかった船橋の主砲大城尚乃に2ランを浴びる。解説者が「試合が落ちついてきただけに、一発が怖い」と述べた直後の一発だった。投手コーチの若松隆久がマウンドへ歩みより、続いて監督の吉田勇介がベンチを出る。船橋に残っていた前日の勢いは、西沢でも止められない。誰もがそう見ていた。奈良Sのベンチにさえ、そういう雰囲気が漂っていた。
ただ、キャッチャーの熊谷弘基は、船橋打線について、違った見方をしていた。「西沢さんの球は良いのと悪いのがはっきりしてました。船橋は悪い球はきっちり捉えてたけど、良い球はやっぱり打ててなかった。1回が終わった後に、児玉(一浩)さんとそんな話をしてたんです」。
横で聞いていた岡田利雄バッテリーコーチも、考えは同じだった。監督・投手コーチにもこの話をする。吉田はしばらく考えた後、李教潤と白妙眞人にピッチング練習をさせるように指示を出した。西沢に代えて、吉田は白妙をマウンドに送った。スタンドがどよめいた。まだ2年目、このファイナルでも敗戦処理で登板してきたような投手である。
負けられない展開だけに、4点差でも李を投入するという手も考えられた。それを敢えて白妙にしたのは、吉田の判断だった。後に吉田は「特に考えは無かった」と言ったが、岡田は「熊谷には負けているという雰囲気がなかった。ああいう見方をしてたからだろうね」と言い、若松は「熊谷の考え方に閃くものがあったんでしょう。だから、熊谷が思うようにリードできる白妙を送ったんだと思います」とコメントしている。
4点差とはいえ、負けられない試合、しかもランナーを背負っての登板である。緊張する白妙に、熊谷は「構えたところから外れてもいいから、とにかくサインの出たボールだけ投げろ」と言った。白妙はうなずいてロージンに手をやる。白妙には、ただただサインどおりのボールを投げ続けるしかなかった。4球目、スライダーを引っ掛けさせてピッチャーゴロに打ち取り、ピンチを脱した。
その後も柴田は奈良S打線の前に立ちはだかる。伸びのいいストレートがコーナーいっぱいに決まり、なかなか手が出ない。しかし白妙もシュート・スライダーをコースに投げ分けて船橋打線を抑える。「この調子なら打線は抑えられる」と熊谷は確信を持った。しかし、ではどうやって逆転するか、という点については、答えを見つけられないでいた。
5回、先頭の小島は三振。ボール球にバットを止めたのだが、スイングを取られてしまった。2回の第1打席ではライト前にヒットを飛ばしている。2球目、ファーストストライクを積極的に叩いたものだった。「あかんなぁ、思てベンチへ戻りました。せやけど何かおかしいなぁ、思て」。ベンチに座って続くC.ダグラスの打席を見る。ストレートを軽くセンター前へ弾き返した。
「あー、そうか、思て」。2回の打席では逆転するつもりで打席に入り、積極的に打てた。しかしこの打席ではどうも積極的になれなかった。「よう見たら柴田さんも疲れてきてはったんでしょうね。せやけど、あかん、負けるー、思てたから、打てるはずのタマに手が出んかって、それでおかしいなぁ、思たんですわ」。ダグラスのヒットで、小島はヒントをつかんだ。
実際、柴田も飛ばしすぎで、徐々に疲れが出てきていた。この回はそれだけに終わったが、6回には、赤橋翔の二塁打をきっかけにようやく1点を返した。白妙の後を受けた小野達也が、テンポ良く船橋打線を切ってとる。少しずつ、流れが変わってきていた。
7回、いっきにたたみ掛ける。口火を切ったのは小島だった。1-1の3球目、ストレートをすくうように弾き返すと、打球はレフトスタンドに突き刺さった。「よっしゃー思て、だーっと思い切り走って一周しましたね」。この一発で、ベンチのムードが一気に変わった。
続くダグラスが、前の打席と同じように軽くライトへ流す。二塁へ進んだ後、代打の高島規郎の当たりは、レフトへの大飛球に終わった。しかし、柴田の疲れは明らかだった。「2点差なら、と思ったら気が楽になってきました。前の打席でもタイミングが合ってきてたし、これなら大丈夫と思った」という赤橋は、同点の2ランをライトポール際に叩きこむ。「奈良(スタジアム)ならフライか、良くても二塁打。狭くて幸いでした」。
同点となって、今度は朴伊伯がマウンドに上がる。相変わらずストレートが走り、三者凡退に抑える。もはや船橋打線の勢いは完全に消えていた。熊谷の見立てどおりだった。
8回は代打に渡敬一郎が出てきた。ここまで代打で2三振だったが、スタメンの青山猛も決して良くないだけに、ベテランの力に頼るべきだ、との声もあった。しかし、本人は「打てないものはしょうがないからねー」と言い、気にも止めていないようだった。バットを心持ち短く持った渡が初球を振りぬくと、打球は左中間へ転がった。二塁に立った渡が笑った。温和な表情は、しかし勝ち越し劇の始まりを告げるものだった。
4番の児玉は引っ掛けてファーストゴロ。渡が三塁へ進む。続く垣村は2-3からカーブを見極めて一塁へ歩く。打席に立ったのは、前の打席でレフトにホームランを打った小島である。
「もう前の打席でも一発打ってましたしね。こらもうどんどん行ったろ、思て」と語ったように、初球ボールの後の2球目、ファーストストライクをためらいもなく打ち返すと、打球は一塁をきわどく破った。三塁ランナーの渡が小躍りしながらホームを踏む。一塁ランナーの垣村も一気にホームまで帰ってくる。鮮やかな、というよりはむしろあっけないくらいの勝ち越し劇だった。
8回裏も朴は危なげない。前日安打を打たれた亀山には四球を与えたが、これは4回以降久々のランナーだった。続くバスケスを難なく打ち取った。9回表の先頭打者はその朴だったが、川上雄喜が代打に立った。ブルペンでは嵯峨が黙々と投げ続けていた。熊谷の本塁打で1点を加えただけで9回表が終わり、投手の交代が告げられた。
このシリーズの嵯峨は絶不調だった。第3戦、2点リードの9回に登板したものの、打ちこまれて途中降板。その後逆転された。王手をかけた後の第6戦では1点リードで9回に登板、抑えれば胴上げ投手となるところだったが、いきなり先頭の馬場に同点弾を浴びる。その後ランナーを二塁に置いて代打の元木広明にサヨナラ打を許した。このままシリーズで負ければ、戦犯の最有力候補だった。
このシリーズでは嵯峨はもう使えない、そんな声が朝の新聞に一斉に載った。球場入りすると、コメントを求める報道陣が群がってきた。嵯峨は一言、「投げろといわれたところで投げるだけです」とだけ残してロッカー室へ消えた。ここで打たれると、もはや自分はリリーフエースとして通用しないだろう。嵯峨はどう投げるのか、全員の視線が注がれる中で、激しいプレッシャーの中で、それでいてそれを感じさせぬ顔で、嵯峨はマウンドへ上った。
最後の打席で本塁打を放ち、ベンチに戻って小島とキャッチボールを始めた熊谷は、嵯峨をどうリードするかを考えた。あれこれ考えたが、なかなかまとまらない。すぐにチェンジとなり、結局熊谷は結論の出ないまま、守備についた。
嵯峨の投球練習を受ける。ボールの調子は良い。あとは精神的なものをどう和らげていくかだろう。しかしどうやって・・・規定の投球数を過ぎても、熊谷はセカンドへの送球をしないままだった。ボールを持ったままゆっくりとマウンドへ向ったのは、歩きながら必死で考えようとしていたからであった。
熊谷の眼に映った嵯峨の顔はいつもの、それこそ前日と同じようなクールな表情だったが、「この日は眼が落ちついていた」と熊谷は感じた。「第3戦の時はどこか緊張していた。前の日は力が入っていて睨むような感じだった。きっと今日こそは抑える、という力みがあったんでしょう。でもこの日は違ってた。どういっていいかわからないんですが、とにかく落ちついてましたね」と熊谷は振り返る。嵯峨が軽くうなずいて、それだけを見て熊谷はホームへ戻っていった。
この日、ブルペンで嵯峨は大ベテランの榊原昌宏に話しかけていた。二人とも多くは語らないが、榊原は「どう投げるかは熊谷に任せろ」とアドバイスしたという。それまでは熊谷のリードにしばしば首を振ることがあったが、この日は一度も首を振らなかった。熊谷の構えたところに投げるだけ、といった心境にも見えた。
バオロ、馬場と、早々と追いこんで、ストレートで三振に切ってとる。代打の多々良洋介が打席に入る。これも2ストライクとし、4球目。打球は一瞬ひやりとする当たりだったが、センター赤橋の動きには余裕があった。フェンス近くでゆっくりと振り向いてボールを取る。マウンドの上にいたのは、いつもの嵯峨だった。
熊谷と嵯峨ががっちり握手をする。垣村が、ダグラスが、白井猛が、次々に飛び込んでくる。ベンチから日高篤志らが飛び出してくる。あっという間にできた輪に、ゆっくりと吉田監督が近づいてくる。球団創設55年目でチームを初の日本一に導いた男の、胴上げが今始まろうとしていた。
11月28日 ファイナル第7戦 船橋 3勝 4敗 船橋市民球場 奈良S 7 = 0 0 0 0 0 1 3 2 1 船橋 4 = 2 0 2 0 0 0 0 0 0 [奈良S] 打率 本 1 2 3 4 5 6 7 8 9 赤橋 .355 ( 1) 三振 .... 中飛 .... .... 右2 右本 .... 三振 熊谷 .259 ( 2) 二ゴ .... 遊飛 .... .... 右飛 三振 .... 右本 青山 .185 三振 .... .... 遊ゴ .... 三ゴ .... .... .... 渡 .250 .... .... .... .... .... .... .... 左2 遊ゴ 児玉 .379 ( 2) .... 三ゴ .... 一ゴ .... 二安 .... 一ゴ .... 垣村 .370 ( 2) .... 中安 .... 遊ゴ .... 三振 .... 四球 .... 小島 .333 ( 1) .... 右安 .... .... 三振 .... 左本 右2 .... ダグラス .321 .... 三振 .... .... 中安 .... 右安 三振 .... 白井 .043 .... 二ゴ .... .... 三振 .... 三振 二ゴ .... 西沢 .000 .... .... 三振 .... .... .... .... .... .... 鳥羽 .000 .... .... .... .... 一邪 .... .... .... .... 高島 .000 .... .... .... .... .... .... 左飛 .... .... 川上 .000 .... .... .... .... .... .... .... .... 左飛 [船橋] 打率 本 1 2 3 4 5 6 7 8 9 渋江 .321 遊安 遊ゴ .... 遊直 .... .... 右飛 .... .... 和田 .400 遊ゴ .... 三振 .... 右飛 .... .... .... .... 角田 .333 .... .... .... .... .... .... .... 三ゴ .... 亀山 .417 ( 1) 左2 .... 中安 .... 二ゴ .... .... 四球 .... 大城 .143 ( 1) 遊ゴ .... 左本 .... 左飛 .... .... 三邪 .... バスケス .269 四球 .... 三ゴ .... .... 三振 .... 三ゴ .... パオロ .241 ( 2) 右安 .... 中2 .... .... 二ゴ .... .... 三振 西原 .000 三振 .... 投ゴ .... .... 三ゴ .... .... .... 馬場 .240 ( 2) .... .... .... .... .... .... .... .... 三振 八尋 .100 .... 三振 .... 二直 .... .... 三振 .... .... 多々良 .000 .... .... .... .... .... .... .... .... 中飛 柴田 .200 .... 遊ゴ .... 三振 .... .... .... .... .... 小野 .000 .... .... .... .... .... .... 二飛 .... .... 投手成績 勝 敗 S 試 回数 球数 安 振 四 責 防御率 西沢 右 1 0 0 2 2 2/3 52 6 3 1 4 5.40 白妙 右 0 0 0 2 1 1/3 11 0 1 0 0 2.45 小野 右 0 0 0 2 2 16 0 1 0 0 0.00 ○朴 右 1 0 0 3 2 30 0 1 1 0 0.00 S嵯峨 左 0 1 1 3 1 14 0 2 0 0 13.50 -------------------------------------------------------------------- 柴田 右 0 1 0 3 6 2/3 96 8 8 0 4 9.24 ●小野 左 0 1 0 4 2/3 17 2 1 1 2 6.75 中島 右 0 0 0 4 1 2/3 25 1 2 0 1 9.00 本塁打 大城1号ソロ(西沢), 小島1号ソロ(柴田), 赤橋1号2ラン(柴田), 熊谷2号ソロ(中島)