奈良S用語集

 奈良Sに関するキーワードなどを集めてみました。


- あ -

あなたの町でスタッグス
オフシーズンに、若手や二軍が主体となって行う野球教室。郡山や橿原、美吉野といった、普段公式戦の無い球場や、町民グラウンドなどでも行われるので、人気がある。
兄貴
藤村雄一のこと。博多での実績を引っさげてレンタル加入、弟の藤村雄二とともにアベックアーチで活躍した。三冠王も獲得したスケールの大きさが魅力だった。

- い -

育成の神様
豊沼浩史のこと。投手育成コーチとして若手投手を指導、菊池・大内・鈴木正・河内・米田ら数多くの名投手を送り出したことからこの名がついた。のみならず睦島建志も名コーチに育て上げた。
1点打線
185年度に菊地秀章が防御率1.75で最優秀防御率のタイトルを獲得したが、それにもかかわらず11勝13敗と負け越したため、「奈良Sの打線は2点が取れない」と野次られた。

- う -

ウィンターリーグ
251年度より奈良Sが主催して行われている控え選手主体のリーグ。奈良で公式戦終了後に行われる。
後ろから作られる
奈良S投手陣を評した言葉。ただし、正確なところは、中継ぎ・抑え投手陣が踏ん張って試合を作るから、投手の編成を考える際に先発よりリリーフ陣を先に考えるから、など、諸説がある。
熱狂的な奈良Sのファンのこと。「馬が鹿を応援して馬鹿だ」に由来。

- え -

Aクラス
奈良Sが過去何度となく挑戦し、26回敗れた高い壁(198年現在)。
永久欠番
現在の奈良Sにはないが、長距離砲のイメージがある「9」や嵯峨学・理樹らが付けた「20」などは、空きになっていることが多い。
NHK
ラジオ局の奈良放送株式会社の略。試合のある日は毎晩「スタッグスナイター」が放送される。解説者は全員奈良Sの出身者。

- お -

応援団
主なものにはスポンサーを中心に結成された奈良スタッグス後援会と、奈良市民が中心になったスタッグス応援団、スタッグス応援団の支部から独立した大和魂など。
オープン戦
キャンプ地に来ているほかのチームとのオープン戦が中心だが、3月以降は関西圏のチームやネイビーリーグのチームと中心に戦う。
オリオントリオ
240年代後半に、若手投手の青柳大地、福沢浩利、斎藤康雄の3人を指して命名された。由来はわかる人にしかわからない。
オールスター
詳細は不明。176年度に奈良スタジアムの柿落としにオールスターが開催されている。

- か -

開幕戦
かつては貴重だったが、黄金時代を迎え毎年開幕されるようになった。
春日大社
奈良市内にある神社。鳥居の朱色は奈良Sのチームカラーにも使われている。毎年正月には必勝祈願を行うためチームの全員が参拝する。
春日野グリーンパーク
最初のフランチャイズ球場。遥か遠い昔に野球場として使われていたが、171年度当時はほとんど球場の形を為していなかった。これを突貫工事で修復、何とかプロで使用できるレベルにして使用した。3年間使用の後取り壊され、現在は一面の野原。
勝つだけじゃ、だめなのさ
高木勝幸が監督を辞める際に残したコメント。6年間で平均95.3勝、通算勝率が.588に達したが、1度の優勝を除いては、いずれもBクラスに終わった。
抑えの切り札が、しばしばこう呼ばれる。嵯峨学・嵯峨理樹は親子とも「奈良S最後の壁」と呼ばれた。
壁の前の壁
朴伊伯のこと。リリーフエースの嵯峨理樹の前にセットアッパーとして登板、彼が出るとスコアが動かない、とまで言われた。

- き -

逆指名
これまで、奈良Sを逆指名したのは菊池秀章ただ1人。いきなり開幕戦で使って欲しい、という要望を聞き入れての逆指名となった。
キャンプ
秋のキャンプは、かつては奈良と大和高田で行われることがほとんどであったが教育リーグが開催された時には和歌山で行われることもあった。春季キャンプは、鹿児島や高知で行われることが多い。
教育リーグ
204年度より、奈良Sが主催して行われている若手主体のリーグ。和歌山で公式戦終了後に行われる。基本的に年齢制限のみのため、一軍クラスの選手や外国人選手が参加することもある。212年度で中断。
キング
T.アムジアのニックネーム。特異な容貌にスキンヘッド、そして異常な飛距離から付けられた。その名のとおり、来日初年度に本塁打王のタイトルを獲得した。

- く -

グリーンコーナー
奈良スタジアムのライト最上段通路にある売店。何の変哲もない売店。お勧めはやはり柿の葉寿司。

- こ -

更衣室
春日野グリーンパークには更衣室に男女の別がなく、急遽カーテンで仕切りを作るなどした。これを踏まえて、奈良スタジアムでは男女別に大きめの更衣室が作られている。ただし、一塁側は男性更衣室のほうが大きい。

- さ -

サイクル男
倉本勝のこと。210年度・211年度と2度マーク。特に2度目は先制三塁打に9回同点本塁打、延長でサヨナラ二塁打と派手な活躍だった。
リリーフエースだった嵯峨学は、そのクールな姿勢と容姿から女性ファンに絶大な人気を誇った。その中でも、特に熱狂的なファンからは「嵯峨様」と呼ばれた。
サヨナラ男
F.リーデンのこと。188年度に5試合(7日間)で3度のサヨナラ安打を放ったことからこの名がついた。
三本柱
一般には先発投手3人のことを指すが、奈良Sの場合は、鈴木正・米田邦一・河内治徳の3人のことを特に指すことが多い。いずれも190年代後半から200年代にかけて活躍、鈴木は178勝、米田は225勝、河内は204勝をそれぞれマークした。

- し -

鹿せんべい
本来の鹿せんべいではなく、普通のおせんべいの商品名。球場の売店で売られている。せんべいの赤茶色にざらめの白で、鹿の模様に似せている。
鹿ヘル
鹿の角型の飾りがついたヘルメット。応援グッズの一つとして売り出されたが、満員の場合など角が危ないというので発売中止になったいわくつきの一品。

- す -

スカウト部
奈良Sの補強戦略の中核を為す部。毎年ドラフト前には総力を結集してヤマを張り、ドラフトの予想をすることで、一部には有名。
スタくん
奈良Sのマスコットキャラクター。ニホンジカの子供のキャラクターで、ホームランを打った時などに出てくるのはどこでも同じである。
スタッグスビジョン
奈良スタジアムのバックスクリーンにあるオーロラビジョン。日本でも一番小さいビジョンと言われており、188年度には鹿児島での優勝決定試合をビジョンで放映しようとしたが、小さすぎて分かりにくかったため、わざわざ大型スクリーンを借りてきて放映する羽目になった。

- せ -

絶叫の兄ちゃん
奈良Sの応援団にいて、応援の際に絶叫することで有名な兄ちゃん。その絶叫が実は応援の止めなどの合図になっていたりするので、結構重要である。現在の兄ちゃんは7代目。
先生
榊原昌宏のこと。自由自在のピッチングと言われ、投球術から体調管理まであらゆる方面に精通していた。チーム内にもその理論の信奉者は多く、若手投手に大きな影響を与えた。

- た -

ダッシュトリオ
210〜220年代に、磐田雄一・川上雄喜・浅野祐也ら俊足のプレイヤーにつけられた名称。その後浅野に代わって赤橋翔が入ったりするなど、他のトリオ名にくらべると流動的であった。もっとも、あまり積極的に使われた形跡もない。
男性球団
「スタッグス」が牡鹿を意味するように、奈良Sは男性選手しか入団を許されていない。女性選手だけの球団である鹿児島と好対照である。

- ち -

チームMVP
その年チームで最も活躍した選手に贈られる賞。普通は1人だが、時々2人が選出されることもある。菊池秀章・藤森亨の4回が最多。

- と -

東大寺
奈良市内にある寺院。毘盧舎那仏(大仏)は奈良のシンボルともなっている。直接の関係はないが、ファンがしばしばお参りに来ているようだ。
ドミニカン帰国
188年度のシーズン前、オーナーが言ったといわれている言葉。優勝の確率を聞かれて、「いままでは0だったけど、今年はドミニカの選手が帰国するぐらいの確率」と答えたらしい。その結果実際に優勝してしまった。

- な -

奈良スタジアム
奈良Sの本拠地球場。176年度のオールスターで柿落とし、177年度より本拠地となった。本拠地として新造されただけに、規模はなかなかのものであるが、規模に見合う観客数はなかなか集まらない。
奈良Sを育てた男
解説者の佐倉良次郎のニックネーム。初代の育成コーチだったことに由来しているが、それほど育てた選手はいなかったとも言われている。

- に -

222世代
222年度生まれの斉藤一樹、姉崎和之、田辺和隆、宮内達博、斎藤康雄らのこと。いずれも投手陣の柱として成長、活躍している。
二軍
あるようなないようなよく分からない存在。少なくとも二軍監督は存在しない。育成コーチが、二軍のコーチのような存在ではあるが、試合はどうやってこなしているのか、実は良く知らない。
日本最強の弱小軍団
180年代後半から190年代初頭にかけて、Bクラスながら勝ち越しを続けたことからついた名称。MHLでも下位リーグで圧倒的な強さを誇り、最優秀チームにも輝いた。

- ね -

ねーちゃん
姉崎和之のこと。名前から直接ついたニックネームだが、入団当初からセットアッパーとして活躍、姉さんというより姐さんという感じであった。

- の -

のんびりカルテット
170年代後半の中継ぎ投手陣に付けられた名称。どの投手も緩いボールで勝負したことからこの名がある。このあたりは奈良Sの伝統とも言える。

- は -

パワーベースボール
北辺家康元監督が提唱した、力の野球のこと。長打力をベースにした野球を目指したが、それに逆行するかのように球場が広くなった。北辺監督の退陣とともにこのキャッチフレーズも使われなくなった。
バンビトリオ
190年代前半に、岡村尚人・戸崎聡・古河猛の3人に付けられた名称。岡村はショートに定着、古河も外野の一角を占めたが、戸崎は二軍暮らしが多く、大阪へトレードされた。
標準仕様
奈良Sスカウト部における選手評価手法の一つ。球速・コントロール・完投能力などが一定以上のレベルに達している投手をこう呼ぶ。

- ひ -

秘蔵っ子トリオ
170年代後半に、石井智行・遠藤信治・岸本政昭の3人に付けられた名称。しかし、石井は大成せず桑名へトレード、岸本は一度開花したものの長続きしなかった。遠藤も代走ばかりで名前倒れに終わるかと思われたが、ショートのレギュラーに定着、優勝にも貢献し、後にベストナインに選ばれるまでに成長した。

- ふ -

夫婦
男性球団なので、チーム内結婚はまずあり得ないが、他球団の選手と結婚したケースは2組ある。1組目は白妙桃子(鹿児島)と結婚した大内武誠で、現役中に結婚、直接対決もあるだけに騒がれた。2組目は川越理奈(長崎)と結婚した嵯峨学で、こちらは現役引退後に結婚、夫婦合わせて1440セーブという記録を持っている。
フリートディビジョン
ネイビーリーグのディビジョンの1つ。209年度の入れ替え制度実施まで、奈良Sはフリートディビジョンに所属していた。新リーグ制以降により250年度をもって消滅した。

- ま -

マリーンディビジョン
ネイビーリーグのディビジョンの1つ。209年度の入れ替え制度以後、両ディビジョンを行き来している。新リーグ制以降により250年度をもって消滅した。

- み -

ミスター・セットアップ
阿部哲也に付けられたニックネーム。セットアッパーとして、シーズン100試合登板などを達成、4年連続81試合以上登板などの記録を残した。
ミスター・ハンドレッド
阿部哲也に付けられたニックネーム。シーズン100試合登板したことから。

- や -

大和高田市民球場
二軍の本拠地球場。174年度から3年間は本拠地として使われた。外野スタンドの狭い球場であったが、交通の便が良く、集客力もあった。

- ゆ -

優勝パレード
過去の優勝の度に行われたが、ファイナルを制覇した225年度には、恒例の三条通りだけでなく、大和高田市でも行われた。この年沿道に集まったファンは20万人にもなったと言われている。
ユニフォーム
球団結成以来30年以上、同じユニフォームを採用していたが、211年度からキャップが新しくなり、ビジターユニフォームも緑を基調としたものに変更された。214年度からは、ビジターゲームのみ、フリートディビジョン所属チームとの試合には以前のものを、マリーンディビジョン所属チームとの試合には新しいものを、と使い分けられている。

- れ -

レッドコーナー
奈良スタジアムのレフト最上段通路にある売店。何の変哲もない売店だが、187年度の6月のとある試合前、フリーバッティングでT.アムジアがここに打球を叩きこんだ。幸い怪我人は出なかったが、推定飛距離は160mを超えるのでは、といわれている。

- わ -

若鹿寮
大和高田市民球場の東にある選手寮。球場のレフトスタンド越しに見える。