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おんだ祭_池神社 |
正式には池坐朝霧黄幡比売神社(いけにいますあさぎりはたひめじんじゃ)という古社で、明治初年までは天満宮と称されていたそうです。今も額には天満宮と書かれています。梅の咲き始めるころ、祈年祭、オンダ祭が行われます。池神社のおんだ祭は一行が村の中を道行きされる特徴があります。 |
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[道行き1_おんだ祭_池神社] |
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[道行き2_おんだ祭1_池神社] |
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[道行き3_おんだ祭1_池神社] |
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[打ち合わせ中_おんだ祭_池神社] |
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綱懸け祭_長谷寺三社権現 |
長谷寺の本堂東北の一段高いところに鎮座する三社権現。長谷寺創建より古く、天平五年(733年)に聖武天皇の勅命で創建したと伝えられ、東に石蔵権現(地蔵菩薩)、中央に瀧蔵権現(虚空蔵菩薩)、西は新宮権現(薬師如来)を祀っている。旧暦1月11日、上の郷(中谷、柏森)、中の郷(各枝、柳)、下の郷(柳原、出雲)の六ケ大字の講衆が集まり神殿に注連縄を飾って綱懸け祭が営まれる。残された記録から300年以上の歴史があります。 |
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[綱懸け_長谷寺三社権現] |
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[当人児_長谷寺三社権現] |
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[牛黄宝印_長谷寺三社権現] |
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[牛黄宝印2_長谷寺三社権現] |
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[綱懸け祭_長谷寺三社権現] |
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[法要_綱懸け祭_長谷寺三社権現] |
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だだおし_長谷寺 |
長谷寺で 修二会(しゅにえ)の締めくくりに行われる追儺会(ついなえ)。法要も終わりに近づいた頃、大きな赤、青、緑の三匹の鬼が堂内に暴れ込んできます。 法螺貝や太鼓が打ち鳴らされる中、追い出された鬼たちは大きな松明に追われて本堂、 礼堂の周りの舞台や欄干を暴れながら走り回ります。男衆が担ぐ松明は一丈五尺(約4.5m)三十貫(約110kg)という大きなものです。 |
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[だだおし_長谷寺] |
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砂かけ祭_広瀬大社 |
奈良盆地の川が集まるこの地は昔から広瀬の 郷 と称され、水神を祀る広瀬神社があります。広瀬神社の「おんだ祭」は「砂かけ祭」と言われ、田人役、牛役、参拝者が所作の終わる度に砂をかけ合います。この砂は雨を意味し、かけ合いが盛んなほど豊作が適うとされ、老若男女入り乱れての合戦となります。大和の奇祭のひとつとして有名です。 |
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[砂かけ祭1_広瀬大社] |
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[砂かけ祭2_広瀬大社] |
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[籾蒔き_殿上の儀_広瀬大社] |
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[田植え1_殿上の儀_広瀬大社] |
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[田植え2_殿上の儀_広瀬大社] |
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子出来おんだ祭_六縣神社 |
御田(おんだ)祭は各地で行われ、五穀豊穣、子孫繁栄はを祈るものですがそれぞれに特徴があります。ここ六縣(むつかた)神社のおんだ祭は子出来御田祭とも言われ、厳粛なものですが太鼓を使うユーモラスな出産の所作は面白いものです。 |
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[子出来おんだ祭1_六縣神社] |
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[子出来おんだ祭2_六縣神社] |
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[子出来おんだ祭3_六縣神社] |
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[子出来おんだ祭_六縣神社] |
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おんだ祭_大和神社 |
大和神社のおんだ祭は子供中心に行われます。実際の牛耕や田の作業など見たこともない世代ですので、大人に教えてもらいながら大まじめにやっています。 |
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[おんだ祭1_大和神社] |
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[おんだ祭2_大和神社] |
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[おんだ祭_大和神社] |
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飛鳥のおんだ祭_飛鳥坐神社 |
天下の奇祭として有名な飛鳥坐神社のおんだ祭。舞台の上で天狗とお多福が演じる夫婦和合の儀式は有名ですが、神社周辺では天狗、お多福、翁、牛役などが参拝者を追っかけ回して相手構わず竹のササラでお尻を叩きます。子供らはそれをはやし立て、田んぼの中などを逃げ回ります。厄除けとして行われるもので、子供や女性にはやさしく、青年男子にはかなりきつくしばきます。 |
お知らせ---奈良日日新聞の奈良の祭りを応援するシリーズを担当させていただくことになりました。第1回目がこの飛鳥のおんだ祭でした。こちらで掲載紙の内容を見ていただけます。 |
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[厄除け尻叩き1_おんだ祭_飛鳥坐神社] |
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[厄除け尻叩き2_おんだ祭_飛鳥坐神社] |
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[厄除け尻叩き3_おんだ祭_飛鳥坐神社] |
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[厄除け尻叩き4_おんだ祭_飛鳥坐神社] |
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追儺会_法隆寺西円堂 |
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[追儺会_法隆寺西円堂] |
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