弓削神社への行き方
JR志紀駅から、それぞれ
歩いて5分程度です。
弓削神社はJR志紀駅を挟んで2社あります。
駅から北側の東弓削と南側の弓削町です。
まず北側にある弓削神社から見学に行き
ました。 (写真:上の3枚)
こちらは鳥居と本殿があるだけの小さなお社
です。
静かな住宅街のど真ん中にありますが、手入れ
はちゃんとされていて、ゴミ一つ落ちていません。
八尾市教育委員会による説明によると、
「祭神は弓削氏の祖神である天日鷲翔矢命
と物部氏の祖神、彌加布都比古佐自布都神
の二座を祀る式内社で河内国でも枚岡、恩智
社につぐ、三指に数えられる大社であった。
弓削氏は河内国若江郡弓削郷を本貫とする
豪族で弓矢などの武器の製作に携わる弓削部
を率いた伴造であった。」
とあります。
次に駅の反対側にある弓削町の弓削神社に
行ってみました。(写真:下の4枚)
こちらの方が大きくて立派なお社です。
こちらも式内社で、物部氏の祖神を祀って
います。(写真がちょっとぼけてて、名前が
はっきり読めませんでした。ごめんなさい)
宝物殿には何が入っているのでしょうか?
とっても気になりました。
弓削道鏡はこの弓削氏出身の僧でした。
道鏡は奈良時代の中期に称徳天皇の寵愛を
受けて、僧侶でありながら臣下としては最高の
地位、太政大臣に相当する太政大臣禅師と
いう他に例のない地位につきました。
しかしその道鏡もいつ生まれ、父母は誰なのか
は分かっていません。
道鏡は孝謙上皇(後の称徳天皇)が病に倒れた
時に侍して、宿曜秘法(すくようのひほう)に
よって上皇の病を治しました。宿曜秘法とは仏教
の密教系の教典、『宿曜経』を用いて呪術を行う
物だと考えられています。
その直後に淳仁天皇が上皇に道鏡のことを諫言
するか非難をしたらしく、上皇と天皇の関係が
急速に悪化し、藤原仲麻呂の反乱に結びついて
いったのでした。
弓削神社(ゆげじんじゃ)2社 (撮影は2002年6月)





