夢 ERIKA

 チャッピーに頼んで、魔法の国で一番大きな木の天辺に連れて行ってもらった。そこからの景色は

新鮮で、飽きずに眺めていた。

 気付けば日は沈みかけ、夜の帳が降りてくる頃。チャッピーはまだ来ない。薄暗闇で一人。

寂しくて、怖くて、泣き出してしまった。

 そのとき、男の子が木に登ってきた。そして一生懸命話をして、私を励ましてくれた。

 やがてチャッピーが迎えに来た。

「また会えるかな?」

 私は男の子に聞いた。

「また泣きそうになったら、助けに来るよ。」

 そう言って男の子は笑った。

「そんなこと言うなら名前教えない!」

 私は拗ねる。

「ごめん。僕は・・・」

 慌てた男の子は謝ったから、

 私は名前を教えて、

「約束してね。また助けてくれるって。」

 と小指を出して、指切りをした。

 

 これは何度もみた夢、幼いときの思い出。

 あれから一度も会えなかった男の子。

 名前も思い出せない男の子・・・

 

 夢 JYUN

 遊びに行った帰り、ふと呼ばれたような気がした。じっと木の天辺を見ると、ピンクのドレスが

見えた。

 僕は無我夢中で木に登った。天辺には僕と同じ年くらいの女の子が泣いていた。

 それから話すのは得意じゃないけど必死に話をした。いつの間にか女の子は笑っていた。

 やがて迎えが来た。

 女の名前を聞いてないことに気付いた。聞こうとする前に女の子が話しかけてきた。

 女の子の笑顔に照れて、思わず

「また泣きそうになったら、助けに来るよ。」

 と言って笑ってしまった。

 女の子は拗ねてしまう。

 慌てて謝って名前を告げた。

 すると笑って名前を教えてくれた。

 そして、

「約束してね。また助けてくれるって。」

 と小指を差し出してくれたので、指切りをした。

 

 また夢をみた。辛いとき、挫けそうなときにはいつもみる。約束を守らなければならない。名前も

忘れた女の子との約束を・・・

 

 風の侍 第一話 北風

 

 昔のことを夢にみました。あの男の子はどうしたんだろう?ベットで体を起こし、しばらく考えて

いると、

「エリカ様〜もう起きてますかサッサ。」

 とチャッピーの声が聞こえます。考えて込んでいた時間が、思ったより長かったことに驚きながら、

身支度を整えます。

 朝食の後、水晶玉から姫子を眺めます。お別れして一週間、観察する必要はないけど、姫子を見てる

と元気が出ます。だから水晶玉のある丘の上に来るのが、日課なんです。

 

 

 姫子は普段と違って、早起きしたみたいです。夢子ちゃんと一緒に家を出ます。二人は仲が良さそう

でうらやましいな。

 ところが突風が吹き、夢子ちゃんの帽子を飛ばしてしまいます。追いかける夢子ちゃん。その先の

交差点には、車が猛スピードで迫って来ます。二人は気づいていません。

「危ない!」

 叫んでみても、二人には聞こえません。もうダメと思ったとき、北風が吹きました。

 いえ、それは人でした。着物を着て、右肩から刀を釣り下げた男の人。右腕で夢子ちゃんを抱き

抱え、右手には帽子が握られています。左腕は袖の中にあって見えません。

 一瞬の間があり、彼の背中で急ブレーキを掛けるけたたましい音。続いて怒声。それに対して、

鋭い視線を向ける男の人。運転手は何も言えずに、そのまま走り去ります。

 そして彼はかすかに微笑み、夢子ちゃんを下ろして、帽子を被せてあげました。

「夢子!」

 姫子が駆けつけ、夢子ちゃんを抱きしめます。そこへまた北風が・・・そして風がやんだとき、

男の人の姿は何処にもありませんでした。

「あれ?」

「お兄ちゃんは?」

 姫子と夢子ちゃんは、一瞬の出来事に呆気にとられるだけでした。

「今のは魔法ですかサッサ?」

 チャッピーが不思議そうに問いかけます。

「違うと思うわ・・・」

 そう答えながら、別のことを考えていました。

 ・・・あの微笑み・・・懐かしい感じがする・・・

 

 

 ハプニングから始まった姫子の一日ですが、学校でも事件がありました。

 姫子のクラスに転校生がやって来たのです。そのことを五利先生から告げられると、途端にクラス

が期待の声で騒がしくなります。

 そんな中、皆の注目を浴びて教室に入ってきたのは、眼鏡をかけた男の子でした。背は高くも低く

もなく、特徴を探すのが難しい感じです。変わっているのは、左腕を包帯で釣り下げてることぐら

いです。

「上杉潤輝(うえすぎ じゅんき)です。左腕は、階段から落ちて怪我してしまいました。しばらく

迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。」

 それだけ言って指定された席に着きました。 休み時間になると、転校生の周りに人が集まるのは

自然です。でも今回はあまり人が集まりません。それも瞬く間に散ってしまいました。話はしてた

ようだけど、面白くなかったみたいです。

 今までの転校生、有坂静ことセイ・アレイや聖結花ちゃんと比べれば、普通の人だから仕方ないんで

しょうね。

 

 

 でも彼に注目している人が約一名。

「何だよ、野々原。これからテツ達とバスケをやるのに。」

 屋上への階段の踊り場に連れてこられた大地君が、不満そうな声をあげます。

「まあまあ。大事なことだから、聞いて欲しいの。」

 となだめる姫子。

「・・・解った。早く話してくれよ。」

 と諦めたような表情を浮かべる大地君に、姫子は突拍子もないことを言い出します。

「今日転校してきた上杉君、実は侍なんだよ。」

「・・・野々原。」

「あっーその顔信じてない。着物を着て刀を持ってるなんて、侍しかいないのに。ちゃんと証拠も

あるんだからね!」

 と言って今朝の出来事を話しました。

「つまり、夢子ちゃんを助けた奴が左腕を隠していたのと、上杉が左腕を怪我してることが、同一人物

の証拠だと言うんだな?」

「そうだよ。それに今日転校してくるなんて、タイミングが良すぎるもの。」

 大地君は頭をかきながら、

「それで上杉にいろいろ話しかけていたのか。いい迷惑だ。」

 大地君は今日の姫子の行動を気にしてたから、自分も迷惑だったという意味もあったんでしょうね。

でも姫子はそれに気付かず、

「いーだ!信じないんならいいよ。私一人で決定的な証拠を見つけるから!」

 と怒り出して、そのまま階段を下りて行こうとします。慌てた大地君は、姫子の手をつかんで引き

留めます。

「おい野々原、何をするつもりなんだよ!」

「大地には関係ないでしょ!」

「わざわざ呼び出して、関係ないはないだろう!」

「大地は信じなかったじゃない!」

「そんなこと一言も言ってないだろ!」

「同じことだよ!」

 さらに言い返そうとした大地君ですが、ここで思い直します

 ・・・野々原と上杉が話していたことを気にしてたから、きつく言い過ぎたな・・・

「・・・悪かった。悪かったから、とにかく座れよ。」

 思わぬ言葉に、姫子は怒りを忘れてしまいます。そして今の状態に顔を赤くして、

「解ったから、手を離して。」

「あっ。」

 慌てて手を離す大地君も少し顔が赤いです。 それにしても、こんな場面を見せられたら、見てる

こちらまで恥ずかしいわ。

 

 回り道をしてしまいましたが、ここでようやく本題に入ります。

「上杉君と話してみても全然普通だったの。だから放課後、上杉君を尾行して正体を突き止めるんだ。

それでね、大地にも付いて来て欲しいの。」

「それって迷惑じゃないか?」

「大丈夫。気づかれないようにするから。」

「そういう意味じゃない。上杉が侍だとしたら、隠す理由があるんじゃないか?それなのに正体を

探ったりしたら迷惑だぞ。」

 姫子は、はっとして、

「そうだよね。私だって、魔法のリボンのことで日比野さんに探られて大変だったのに。私・・・

上杉君のこと全然考えてなかった。」

 さっきまでの勢いをなくし、姫子はすっかり落ち込んでしまいます。そんな姫子に、大地君は

穏やかに話しかけます。

「ところで、なんで上杉の正体を探ろうとしたんだ?」

「夢子を助けてくれたお礼を言いたいの。」

「何だ、好奇心で探ってると思った。」

「そんなことしないよ!」

「おっ、元の野々原に戻った。」

 大地君が微笑みます。つられて姫子も笑顔になり、重い雰囲気がなくなりました。

 そして大地君は結論を出します。

「そういうことなら、放課後付き合うよ。」

「えっ、でも・・・」

「大丈夫。上杉が侍だとは限らないし、もし侍だとしても、俺たちが黙っていればいいだろ。」

「そうだね。よーし、頑張るぞ!」

 そして右手をあげて、いつもの・・・

「いけいけゴーゴージャーンプ!」

 

「エリカ様はどう思われますかサッサ?」

 チャッピーが聞いてきました。

「今朝の人と上杉君は、同一人物には思えないわね。」

「そうですか。ところでサムライって何ですかサッサ?」

「サムライって、確か昔の日本にいた、戦いを職業にしてる人のことよ。」

「へぇ、昔の魔法の国にいた騎士みたいなのが、人間界にもいたんですかサッサ。」

「チャッピー、今の日本に侍はいないと思うわ。平和なんですもの。」

 この言葉はチャッピーを諭すよりも、自分に対して言い聞かせるものでした。

 ・・・あんな風に微笑む人が、侍であるはずないじゃない・・・

 

 

 放課後になり、予定通り姫子達は上杉君の尾行を開始します。大地君は自転車を押しながら歩き、

姫子と談笑して普通の下校を装います。上杉君との距離も十分取って、備えは万全です。

 一方上杉君はそれに気付いた素振りを見せず、商店街に入りました。何をするかと思えば、肉や

、野菜などを買ってます。値切ったりして、買い慣れている感じです。

 これを見て、思わず顔を見合わせる姫子と大地君。

「やっぱり、私の思い違いだったのかなぁ」

「まあ、もう少し様子をみよう。」

 そう言って、買い物を終えた上杉君を尾行し続けます。

 

 やがて姫子達は住宅街に来ました。上杉君が角を曲がるたび、急いで角まで走る姫子達。でも

視線に写るのは、幾人かの通行人とゆっくりすれ違う上杉君ばかりでした。

「やっぱり違うみたいだな。」

「そうだね・・・」

「じゃあ次の角で尾行は終わりだ。」

「うん。」

 ちょっとうつむき加減の姫子ですが、大地君に返事をして心の整理がついたようです。元気良く

次の角に走っていきます。

「あれ?」

「どうした?」

「上杉君がいないよ。」

 そこには北風が吹くだけで、誰もいませんでした。

 慌てて大地君が駆けつけたのと同時に、前から二人の男が走って来ます。二人とも木刀を持ち、

殺気立っています。姫子達のいる路地に来ると驚いた表情を見せますが、すぐに姫子達の元にやって

来て、

「おい、腕に包帯をした奴は何処に行った!」

 と乱暴な口ぶりで聞いてきます。

「知らないよ。俺が駆けつけたときには、もういなかった。」

 大地君が応対しますが、なお男達は、

「隠すとためにならんぞ!」

「何処にいるか言え!」

 と問い詰めます。

「知らないって言ってるでしょ!」

 姫子が男達につられて、怒った口調で言い返すと、

「生意気な!」

 と男の一人が姫子に詰め寄ろうとします。それをかばおうとする大地君。そこに、

「止めぬか。」

 と二人の男を咎める声が姫子達を助けました。着物姿で杖を持ち、剃髪した初老の男です。

「竜氏(たつうじ)様」

 二人の男はさっきとは態度を一変させて、竜氏と呼ばれた男に黙礼します。

「手荒なことをしてはならぬ。」

 二人の男をたしなめた後、

「大事な人質ではないか。景虎をおびき出すためのな。」

 とぞっとする笑みを浮かべます。姫子達は助かるどころか、絶体絶命のピンチに陥ってしまった

のです。

 そこに北風が吹き、忽然と上杉君が現れました。いえ、格好こそ同じでしたが、上杉君とは雰囲気

が全く違います。この雰囲気は今朝の男の人と同じ・・・

 上杉君は眼鏡を外し男達に鋭い視線を向け、つぶやきます。

「長尾景虎(ながお かげとら)推参・・・」

 

 

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