悪夢

 ただひたすら戦場を駆ける。

 風がはこんでくるのは、断末魔、血の匂い。耳に、鼻に、戦場の狂気を伝える。

 それから逃れようとただ駆ける。

 行く手を遮るように、武者の群れが何処からか現れ、襲いかかってくる。

 武者を切り捨て、さらに断末魔を聞き、血の匂いを振りまく。ここから逃れるために。

 だか、何処まで行こうとも、武者の群れは現れ、そのたび断末魔、血の匂いを自分で作り出す。

 それでも駆けることは止めない。

 止まってしまえば、自分自身が断末魔をあげ、血の匂いを振りまくことになるから。

 そんなことを延々と繰り返して、やっと敵の本陣を目にする。

 敵の大将を倒せば全てが終わる。そう信じ、群がる武者を切り捨てる。

 本陣に着く。

 そこには床几に腰掛けた大将が一人。

 渾身の力で切りかかる。

 軍配で受け止められる。

 更に切りかかる。

 それを数度繰り返し、軍配を切り刻む。

 もう遮る物はない。

 これで全て終わる・・・

 ふと大将が顔を上げた。

 その顔は俺だった・・・

 また夢を見た。合戦の夢。果し合いを前に心が高ぶったときにはいつも見る。

 いや、夢じゃない。これは過去の記憶。力の副作用。

 このまま夢を見続ければ、いつか狂ってしまうかもしれない。

 だが、この力は手放さない。約束を守るための力になるから。あの子を守る力になるから・・・ 

 

 風の侍 第四話 疾風

「はっ」

 まだ日の登らない冬の朝、道場の中ではジュンの気合が轟きます。

 もうすぐ果し合いの日がやって来るのです。いつもの稽古にも気合がはいるのでしょう。

 でも気になったのは、いつもよりも起きてくる時間が早いのと、なんとなく顔色が良くないこと

でした。べ、別に毎日見てるわけじゃないけど・・・

 

「おはよう、上杉君」

「おはようございます」

 いつも早い時間に登校する上杉君に比べ、姫子は遅刻ぎりぎり。でも今日は大地君よりも早いよう

です。

「野々原さん、おはよう」

「ひ、日比野さん、おはよう」

 姫子の反応が遅れたのも無理がありません。日比野ひかるさんが、先に挨拶してくるなんてほとんど

ないことだから。

「最近、上杉君と仲がいいようね」

「えっ、そんなことないと思うけど」

「いいえ、私の目はごまかせないわ!上杉君としゃべってる女子は、野々原さんしかいないのよ!」

 そうなんです。三学期に入ってから、姫子は何かとジュンに話しかけています。一方ジュンの方は、

姫子と大地君以外の人とは関わりを持とうとしませんから、日比野さんの言い分はあながち間違いとも

言えません。

「それは上杉君が転校したてだから・・・」

「別に隠さなくてもいいのよ。私は野々原さんと上杉君の仲を応援してるから。大地君は私と結婚して

幸せになるから、安心してね」

「あのねぇ・・・」

 姫子が言い返そうとしたとき、

「ふぅ、間に合った」

「大地くぅ〜ん、おはよう」

 大地君の登場で話はうやむやに終わってしまいました。でも日比野さんとの話はなかなか終わらない

から、これで良かったかも。

 

 昼休み、ジュンは運動場に出ようとする大地君を呼び止めました。

「すいませんが、大地君から野々原さんに、学校では僕にあまり話しかけないように言ってくれませんか?」

「自分で言えばいいじゃないか」

「学校では僕のことを名字で読んで下さいとは頼めたのですが、僕のことを心配してくれるのは

解ってるので無下には出来なくて」

「そんなこと言われてもなぁ」

「今朝も日比野さんから誤解されましたから」

「日比野はそんなやつだから気にすることないぞ」

「でもほかの人が誤解しないとも限りませんから」

「それなら、野々原を安心させた方がいいと思うぞ」

「根本から問題を解決しなければ仕方ないということですか・・・考えてみます」

 ちょっと難しい顔をして、ジュンは歩いて行きました。

「まあ、大袈裟に考えるなよ」

 大地君が声をかけます。

 

 私もずっとジュンを見てて、余りにも真面目過ぎると思いました。でもそんなことを思う私も

真面目過ぎると言われますから、変な感じです。

 

「姫ちゃ〜ん、今日は一緒に帰ろう」

 放課後、姫子のクラスにいっちゃんと愛美ちゃんがやって来ました。

「いっちゃん、愛美、ちょっと待ってね」

「慌てなくてもいいよ」

 その後はちょっと小声で、

「姫ちゃんと仲がいい上杉君を観察してるから」

「ま、愛美っ」

「あたしもちょっと興味あるかも」

「もう、いっちゃんまで」

「冗談だって、ほらほら早く準備しなよ」

 そんな様子を見て、

「森さん、相変わらずだなぁ」

「テツ、気にはならないのか?」

「ミーハーは森さんの趣味だから、気にならないさ」

「そういうものか」

「それより、大地の方は気にならないのか」

「別に」

「まあ心配はいらないと思うが」

 ちなみに話題にされてるジュンは、ただ苦笑するだけでした。

 

「上杉君、悪くはないと思うけど、やっぱり大地君のほうが姫ちゃんにはお似合いだよ」

「愛美〜そんなのじゃないって言ってるのに」

「まあまあ、それで愛美の観察結果は?」

「う〜ん、目立つところがないから、普通かなぁ」

 姫子達の下校時の話題は、ジュンのことでした。

 目立たないように気を付けてるジュンの努力が実ったのか、普通の男の子ということで決着した

ようだけど。

 

 一方ジュンの家には、果し合いを申し込んでいた男が現れていました。

「長尾殿、日時と場所を知らせに参った」

「高坂殿、今度は間違いないでしょうか」

「明日午後六時、隣町の廃工場にて待つ」

 ジュンの問には答えず、用件だけ告げると高坂さんは去っていきました。

 果し合いは冬休みのうちに決行されるはずでしたが、直前になって一方的に延期を伝えられて

いたのです。

 ジュン本人よりも姫子が怒っていたのを思い出します。それを大地君が、お前みたいに怒らすのが

目的かと笑っていたことも・・・

 

 場所が変わって風立駅前。先ほどの高坂さんと若い男がいます。

「御屋形様、明日景虎と剣を交えることになりました」

「そうか」

「御屋形様の指示通り、一度延期した効果はあったようです。景虎の顔色にやや変化がありました」

「高坂、甲州流道場仇討ちの先陣として悔いのない戦いをしてくるがよい」

「ありがたき御言葉、この高坂昌行、必ずや景虎を倒してご覧に入れます」

「期待しているぞ」

 道場の方に去る高坂さん。若い男は一言つぶやきます。

「まずは一人目・・・」

 その日の夕方、姫子と大地とポコ太は隠れ家にいました。ジュンに呼び出されたのです。

「はじめまして、ポコ太。上杉潤輝です」

「はじめまして、ポコ太です」

「本当はもっと早く逢いたかったけど、こちらもいろいろ用事があって」

「ポコ太に挨拶するために呼び出したの?」

「いえ、果し合いの日取りが決まったので報告しておこうと」

「決まったのか」

「明日です」

「急過ぎるよ!」

「そこでお願いですが、尾行するなどして果し合いの場に来ないようにお願いします」

「そ、そんなことしないよ」

「その顔は付いて行こうとしてたな」

「姫ちゃん・・・」

「やだなぁ、大地、ポコ太。あははは」

「まあまあ、姫ちゃんも僕のことを心配してくれてるのは解るんです。でもそれで姫ちゃんに迷惑を

かけるのは、本意じゃないので」

「そんな、迷惑だなんて」

「学校でいろいろ誤解されましたから。そこで姫ちゃんに安心してもらえるように、僕の秘密を

一つ教えます」

「秘密?」

 二人と一匹が声をそろえました。

「上杉謙信って武将を知ってますか?」

「ああ、武田信玄と川中島で戦った有名な戦国大名だよな」

「僕は上杉謙信の記憶を持ってるんですよ」

「えっ!」

 また二人と一匹が声をそろえます。

「その証拠に」

 と傍らにあった袋から一振りの刀を取り出して、抜き放ちました。

「これは謙信公より記憶を受け継ぎし時に与えられた聖刀備前長光。川中島合戦で信玄公に

切りつけた刀です」

 その刀はまるでジュンの言葉を証明するかのように紫電を放ち、神々しい雰囲気を漂わせています。

姫子達はただ刀を見つめるだけ。

「戦国最強武将の軍法が僕の頭の中にあるんです。負けることはないですよ」

 刀を収めながら、ジュンが話を締めくくりました。

 

 正直本当の話かどうか、私には判断出来ませんでした。ジュンの話し方が芝居かかっていた気が

したからです。

 でも姫子を安心させることには成功したようです。この後に本当に感動したと私に通信してきた

から。

 

 すでに暗くなった廃工場。誰も近づくはずのないこの場所に白い影が現れました。

 白地の着物に紺の袴、頭には青染めの鉢巻を締めてます。右肩に備前長光を掛けて、右腰には

現代備前物の大刀、末備前の小刀を差した侍・・・ジュンです。

 

 ジュンは廃工場の中に入りますが、誰の姿も見えません。もう時間だというのに。

「甲州流道場師範代 高坂昌行参る!」

 いきなり声が聞こえ、その瞬間ジュンは右手で小刀を抜き攻撃を受け止めました。

 末備前の放つ光はかろうじて見えますが、高坂の姿は全く見えません。

「高坂殿は夜戦が得意か。服装はもちろん、小太刀まで暗色で塗り、戦い慣れてる」

「今の一撃でそこまで解るか。やはり侮れぬ」

 何の音もなくお互いの声だけが響きます。「時間はかけない。決めさせてもらう!」

 末備前のかすかな光しか見えませんが、まるで蛍が飛ぶようにふらふらしてるので、連続攻撃が

ジュンに襲いかかってるのが解ります。

「運は天に在り、鎧は胸に在り」

 ジュンはそんな言葉をつぶやき、攻撃を末備前で受け流したり、回避して、ただ逃げ続けます。

「何を・・・左は使わないのか!」

 高坂はさらに攻撃し続けます。

「死なんとすれば生き、生きんとすれば死するもの也」

 相変わらずジュンはつぶやき、高坂は攻撃を続けます。末備前の光を見ていると、ジュンは廃材が

多く身動きが取りにくい場所に追い込まれています。むやみに攻撃してるのではなく作戦だった

のです。

「この程度か。ならばこれで終わりだ!」

「敵を掌に入れて戦うべし!」

 高坂の今までを倍する激しい攻撃!

 でもジュンは今までとは見違える動きで末備前を操り、攻撃をいなしたばかりか、その勢いで

高坂をはじき飛ばしてしまいました。

「何!」

「上杉流兵々法 長尾景虎参る!」

 その瞬間、末備前の光が無数の数となって飛び、火花が無数に散りました。最後にひときわ大きな

火花と共に金属音が響いた後、静寂が戻ります。

「上杉流兵々法 疾風」

 そう言い残してジュンは去っていきます。あとには冷たい北風が吹き荒ぶのみ。

「冨田流小太刀の技には違いないが、手数が多すぎる・・・」

 高坂はそうつぶやき、北風の中で立ち尽くすのでした。

 

「おはようございます。野々原さん」

「おはよう、上杉君」

 ジュンと姫子が会ったのは登校途中。

「おっす、野々原、潤輝」

 大地君も来たということは、あまり時間がないということで、三人とも急ぎます。

「勝ったんだね」

「無事で済みました」

 姫子の問いに笑顔で答えるジュン。

 

 でも私は知っています。

 ジュンは昨日ほとんど寝ていないこと。

 今日はいつもより遅く起きたので、登校が遅くなってしまったこと。

 顔色も昨日と比べれば悪いこと・・・

 そこまでして何故戦うのでしよう?

 私には理解出来ませんでした。

 

 

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