近撮_2006.10
このページには最近作を月ごとに撮影順に区分なしで掲示し、
掲載後に順次、「風景」「行事・祭」「花ごよみ」「桜」「鹿」などに区分して掲示します。
(取り急ぎにつき、ラージサイズにならないもの、コメントの無いものもありますが順次追加します)
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獅子舞_竜口白山神社


[獅子舞奉納・竜口白山神社]
室生竜口の秋祭りは朝から獅子舞の村回りがあり、午後からは白山神社で獅子舞の奉納があります。天狗と獅子の舞はなかなかの迫力。
(2006.10.22)(室生村)


[天狗・竜口白山神社]
獅子舞の間に見物の村人の中を、子供らを脅したり、年寄りに優しくしたりしながら走り回ります。安全健康を願ってのことのようです。
(2006.10.22)(室生村)


[獅子舞とオチョケ]
獅子舞のさ中にオチョケと呼ばれるおたふくやひょっとこなどの仮装した人達が、酔っぱらって獅子舞の邪魔をしたり、ふざけたりします。村人たちも大喜び。
(2006.10.22)(室生村)

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九頭神社の秋祭り


[バタラン・九頭神社]
下狭川の九頭神社の秋祭りには、いろんな神事芸能が伝わっています。神幸祭(お渡り)ではお旅所の田部神社で、田楽舞の「バタラン」、三角跳びの「ピッピラ」が奉納されます。「バタラン」は輪になって、小太鼓、鼓、ササラというすだれ状の楽器など鳴らしながら回ります。神社では翁舞、コハイ、神事相撲なども奉納され、これらの神事芸能は県指定無形民俗文化財に指定されています。
(2006.10.9)(奈良市)


[ピッピラ・九頭神社]
三角跳びの「ピッピラ」は2人が背中あわせになって、跳び上がりながら回ります。この三角跳びは田楽舞の所作の一部が伝承されてきたもので、形式に多少の違いはありますが、他のいくつかの神社でも伝承され、奉納されています。
(2006.10.9)(奈良市)

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神事相撲_奈良豆比古神社


[神事相撲1・奈良豆比古神社]
神事相撲は各地の秋祭りに見られますが、その謂われ、形態も様々ですが、基本的には豊作に感謝し、奉納されるものだと思われます。実際に取り組みを行うものより、形式的なもの、芸能的なもの、歌舞音曲的なものの方が多いようです。奈良豆比古神社の神事相撲は本殿の前で、神主のハッケヨイ・ノコッタのかけ声で2人が榊を頭にして拝殿のぐるりを行き違いに三周回られます。
(2006.10.9)(奈良市)


[神事相撲2・奈良豆比古神社]
頭に榊を掲げ2人はゆっくりと拝殿のまわりを「ホーオイ」のかけ声を交互に交わしながら三周回られます。「ホーオイ」は「穂多い」ではないかと言われていました。
(2006.10.9)(奈良市)


[神事相撲3・奈良豆比古神社]
神事の後、この一年間に生まれた子供を抱き上げ、力餅の「スモンノモチ」を配られます。
(2006.10.9)(奈良市)

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十二振り提灯_角刺神社


[十二振り提灯1・角刺神社]
秋祭りの宵宮に十二振り提灯が奉納されます。氏子の8つの大字から伊勢音頭を唄いながら角刺(つぬさし)神社に集まります。ここ角刺神社は、22代清寧天皇が崩御された時、皇太子、皇子の兄弟が互いに皇位を譲り合い、なかなか御位に就かれないので姉君である飯豊青命(いいとよあおのみこと)が代わってこの地で朝政を執られた謂われがあります。その飯豊青命を御祭神として祀られています。
(2006.10.8)(葛城市)


[十二振り提灯2・角刺神社]
この一年間に生まれた子供、嫁いできたお嫁さんは先だって特別に祈祷を受けられます。境内には着飾った新婦さんや、子供さんの姿も見えます。葛城あたりの神社では十二振り提灯(ススキ提灯というところもある)の奉納があちこちにあるようです。いずこも伊勢音頭を唄われるようです。
(2006.10.8)(葛城市)

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火取り_往馬大社


[火取り・往馬大社]
往馬(いこま)大社の秋祭りで一般に火祭りと呼ばれています。神前から火をいただき一気に境内から外まで走り抜けます。10秒の祭りと言われるほどにあっという間の神事です。もちろん他にもいろいろな神事が行われますが、ほとんどが競争で成り立っており、昔から勝負祭りとか喧嘩祭りとも呼ばれてきたようです。(2006.10.8)(生駒市)

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曽爾の秋祭り


[獅子舞村回り1・曽爾]
曽爾の門僕神社の獅子舞の前日、曽爾村では秋祭りが行われます(本来はこちらが本番)。8集落の内、長野、今井、伊賀見では獅子舞が行われます。山村の家々の荒神払いにまわる獅子舞の一団。この集落は長野、背景の山は屏風岩。
(2006.10.7)(曽爾村)


[獅子舞村回り・曽爾]
こちらは今井。子供も加わって。
(2006.10.7)(曽爾村)


[荒神払い1・曽爾]
荒神とは、かまどを守る神で、昔は多くの家には祀ってあったものです。各家庭の安全無事を祈り家々をまわります。昔は、オクドさん(かまど)のところまで入って奉舞したそうですが今はかまどそのものがなくなっており、玄関先から玄関の間での奉舞が主の様です。
(2006.10.7)(曽爾村)


[荒神払い2・曽爾]
(2006.10.7)(曽爾村)


[荒神払い3・曽爾]
頭屋さん宅などでは家に入り、台所はじめ、部屋部屋に上がり、獅子舞奉舞が行われます。
(2006.10.7)(曽爾村)


[秋祭りの日_曽爾]
秋祭りは主として頭屋さんの庭先でにぎやかに行われます。庭では千本杵搗きが行われ、そのお餅は帰りにみんなに配られます。また庭先では悪魔払いや獅子踊りなどもにぎやかに舞われます。
(2006.10.7)(曽爾村)


[千本杵搗き・曽爾]
千本杵搗きの餅が搗きあがりました。右から二人目の青年がその餅を座敷にすばやく運び込みます。座敷でお餅を丸めたりする人々は、神聖なものを扱う意味から、口に榊の葉をくわえ、無口で行われます。
(2006.10.7)(曽爾村)


[直会_秋祭り・曽爾]
曽爾では8集落で、門僕(かどふさ)神社の御神霊を頭屋さん宅で一年間お祀りされます。明日の門僕神社の祭礼にお供えする「スコ」と言う神饌を朝から寄り合って作り上げます。ズイキを芯に餅と柿を交互に刺し、てっぺんに鶏頭の花をつけて出来上がり。正面奥のがそのスコです。村の祭りには直会(なおらえ)がつきもの。長老さんの昔話や、お互いの親交を深めるものでもあります。
(実は撮影させていただいていますと、あんたもあがれやとよくお誘いを受け、この日も御ごちそうになってしまいました。)
(2006.10.7)(曽爾村)

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斑鳩神社の秋祭り


[布団太鼓台1_法隆寺境内]
法隆寺5地区の鎮守社「斑鳩神社」のご神霊が神輿で法隆寺境内の御旅所へ渡御される古来からの儀式です。室町時代頃から中断していましたが、明和3年(1766年・江戸中期)に復活され、金堂と五重塔の間に御旅所渡御。その後、文化年間(1804〜1818・江戸後期)に神輿迎えの太鼓台が登場します。明治元年神仏分離令から一時期は中断しましたが、明治10年復活して、御旅所を中門・妻室・綱封蔵東側広場へと変えつつ現在に至っています。(斑鳩町観光協会HPより引用)
(2006.10.14)(斑鳩町)


[布団太鼓台2_法隆寺境内]
(2006.10.14)(斑鳩町)


[布団太鼓台3_法隆寺境内]
旧法隆寺村の大字の東里、西里、五丁町、三町、並松の5台の太鼓台が練ります。東大門と西大門の間の参道を「担ぎあい」で威勢良く行き来します。
(2006.10.14)(斑鳩町)


[布団太鼓台4_法隆寺境内]
それぞれの大字の太鼓台の後ろに、子供らが担ぐ「提灯台(だいがく)」という提灯のおみこしが続きます。ドンドン・ドデドン・ドデドンの太鼓にあわせ、ヨイサーヨイサーのかけ声。(2006.10.14)(斑鳩町)


[太鼓台入山1_南大門]
法隆寺の境内にどこから入るのかと思っていますと、なんと、南大門から入ってきました。国宝の南大門をぎりぎりの大きさの太鼓台が門にぶつからないように慎重にくぐります。(2006.10.14)(斑鳩町)


[太鼓台入山2_南大門]
(2006.10.14)(斑鳩町)


[御神輿のお渡り1_法隆寺境内]
斑鳩神社のご神体が法隆寺境内に設けられた御旅所に向かいます。
(2006.10.14)(斑鳩町)


[御神輿のお渡り2_法隆寺境内]
(2006.10.14)(斑鳩町)

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広瀬神社の秋祭り


[宮入り1_広瀬神社]
広瀬神社の秋祭りには2台の太鼓台が宮入します。市場集落からは太鼓台が伊勢音頭を唄いながら境内に入り、神前で練り廻ります。
(2006.10.14)(河合町)


[宮入り2_広瀬神社]
広瀬神社の秋祭りには2台の太鼓台が宮入します。城古集落からは太鼓台が伊勢音頭を唄いながら境内に入り、神前で練り廻ります。
(2006.10.14)(河合町)

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采女祭


[管絃船_采女祭]
采女(うねめ)祭は中秋の名月の日に行われます。采女とは帝の給仕をする女官のことで、この采女が帝の寵愛が薄れたのを嘆き猿沢の池に入水した、その霊を慰めるためにここに社を建てたが、采女の霊が我が身を投じた池を見るにしのびないと一夜のうちに社を後ろ向きにした、という伝説があります。秋の七草で作った花扇の奉納神事の後、雅楽の流れる中、龍頭、鷁首(げきす)の二艘の船が池をめぐり、最後に花扇を池に投じるという雅びやかな行事。
(2006.10.6)(奈良市)


[花扇_采女祭]
(2006.10.6)(奈良市)

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十二社神社秋祭り_高原


[餅撒き1_十二社神社秋祭り_高原]
南朝時代の惟高親王を偲び、伝統の衣装で餅を撒き、奪い合う村人総出の勇壮で賑やかなお祭り。午前中に千本杵搗きを行います。午後から十二社権現氏神神社で神事が執り行われ、その後、餅撒きが始まります。小餅は担ぎ役が籠に入れて運び込み奪い合うように取り合い、大きな餅は撒き衆が空高く放り投げそれを一斉に奪い合います。
(2006.10.1)(川上村)


[餅撒き2_十二社神社秋祭り_高原]
昔は4人の撒き衆と4人の餅の担ぎ役だったそうですが、今は3人づつ。クライマックスでは肩車で境内を練り歩きます。肩車への加勢は老若男女だれかれなく参加し、ぐるりもにぎやかに囃したてます。
(2006.10.1)(川上村)


[餅撒き3_十二社神社秋祭り_高原]
あいにくの雨模様でお堂の中で餅撒き。手拍子で囃したて、撒き衆もフェントをきかせたりして、時機を計って放り投げます。
(2006.10.1)(川上村)


[餅撒き4_十二社神社秋祭り_高原]
(2006.10.1)(川上村)


[餅撒き5_十二社神社秋祭り_高原]
(2006.10.1)(川上村)


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