近撮_2017.1
このページには最近作を月ごとに撮影順に区分なしで掲示しております。
(取り急ぎにつき、ラージサイズにならないもの、コメントの無いものもありますが順次追加します)
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山焼き_若草山

奈良の春を告げる行事として親しまれている山焼き。麓の野上神社で春日大社の神官、興福寺、東大寺の僧侶、金峯山寺の修験者による神事が行われ、点火されます。遠くからもよく見えますが、近くで見るのもまた迫力があります。山麓で行われる行事も見るべきものがあります。起源に諸説ありますが、三社寺の説によれば、山頂にある鶯塚古墳の霊魂を鎮める祭礼とのこと。
花火が打ち上げられた後にトンドの火から消防団が手松明に移し一斉に枯れ草に点火。下から上へ一気に燃え上がっていきます。
(山焼きの神事や麓からの写真は2016年などのをご覧ください)



[山焼き_若草山]

今年は、二月堂下の駐車場からの撮影。若草山は小さめになりますが、二月堂を前景に花火は空いっぱいに広がります。
(2017.1.28)(奈良市)

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鬼はしり_陀々堂

僧侶達の早口の読経、法螺貝、カタン、カタンと乾いた棒打の響く中、燃えさかる大きな松明を父鬼、母鬼、子鬼がかざし、堂内を走り回ります(実際には重くて走れはしません)。堂内はさながら煙と火の海。国家安泰、五穀豊穣、厄除けなどを祈願する年頭の修正会(しゅしょうえ)の結願行事として行われますが、鬼が厄を払うのもめずらしいものです。室町時代から伝わる伝統行事。
(国指定無形民俗文化財)
なお、本番に先立って昼間に子供による鬼走りも行われます。次代を担う子供たちの模擬演技でしょうか。



[鬼はしり 1_陀々堂]

(2017.1.14)(五條市)


[鬼はしり 2_陀々堂]

(2017.1.14)(五條市)


[鬼はしり 3_陀々堂]

(2017.1.14)(五條市)


[鬼はしり 4_陀々堂]

ご本尊の裏の板を二本の角材でカタタン、カタタンと叩きます。阿弥陀さんの肩たたきとも言われています。
(2017.1.14)(五條市)


[鬼はしり 5_陀々堂]

最後に井戸で鬼さんたちがお祓いをします。
(2017.1.14)(五條市)


[子供の鬼はしり 1_陀々堂]

昼間に行われる子供の鬼はしり。ほぼそっくりに真似ますが、松明に火は点けられません。
(2017.1.14)(五條市)


[子供の鬼はしり 2_陀々堂]

(2017.1.14)(五條市)


[子供の鬼はしり 3_陀々堂]

(2017.1.14)(五條市)


[子供の鬼はしり 4_陀々堂]

(2017.1.14)(五條市)

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平尾のオンダ

平尾水分神社のおんだ祭りは古式ゆかしく夜の境内で行われます。一連の農作業を演じられます。またその語りは江戸時代頃からの古い言葉で伝えられています。主役は大当と小当と呼ばれる一年交代の神主ですが、早乙女役は少年(今は少女も)が演じ、「ショトメさん」と呼ばれています。机の裏に「延宝四年」(1676)との墨書きがあり、古くから伝わるお祭りです。
ショトメさんは神聖視され、控えの座敷から舞台までの行き来にも地面に降りないように、爺さんたちがだっこしたり、背負ったりして運びます。
ケンズイ(間食)の時に若宮さんと呼ばれる人形が運ばれてきます。
人形にはたくさんのこよりが巻かれており、参拝者は自分の患部の部位のこよりをいただき患部に当てれば直るというまじないとして与えられます。呪医的な役割ではないかと言われています。
(県の無形民俗文化財---平尾のオンダと固有の名前で登録されております)



[平尾のオンダ 1_平尾水分神社]

(2017.1.18)(宇陀市)


[平尾のオンダ 2_平尾水分神社]

(2017.1.18)(宇陀市)


[平尾のオンダ 3_平尾水分神社]

(2017.1.18)(宇陀市)


[平尾のオンダ 4_平尾水分神社]

(2017.1.18)(宇陀市)


[平尾のオンダ 5_平尾水分神社]

(2017.1.18)(宇陀市)


[平尾のオンダ 6_平尾水分神社]

(2017.1.18)(宇陀市)

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おんだ祭_諸鍬神社

おんだ祭は五穀豊穣を願う予祝行事として行われるもので、大方は農耕の所作や牛さんが出てくることが多いものです。
諸鍬神社でもほぼ同じですが、ここのは神饌のお餅が五色であるのも特徴。
その餅まきも何処も同じで賑わいます。今年は雨上がりでもあったのかビニール袋入りでした。



[おんだ祭 1_諸鍬神社]

(2017.1.9)(葛城市)


[おんだ祭 2_諸鍬神社]

(2017.1.9)(葛城市)


[おんだ祭 3_諸鍬神社]

(2017.1.9)(葛城市)


[おんだ祭 4_諸鍬神社]

最近の餅まき必須アイテムの様です。
(2017.1.9)(葛城市)

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弓矢祭_東川(うのがわ)

その昔、この地に悪魔が徘徊しだした時、弓の名人・東弥惣(ひがしやそう)は「白山大権現」の神力にすがり、その悪魔を弓矢で退治した。喜ぶ村人に、弥惣は「悪魔は山の主である。今後村に祟りをもたらすかもしれない。毎年正月9日を祭り日とし、悪魔降伏を行え」と告げました。以降1月9日に弥惣の追善とともに、弓打ちの神事を行うようになった。1000年以上も続く伝統行事
3人の射手が東川(うのがわ)の運川(うんせん)寺から谷川を挟んで40mの烏川(からすがわ)神社境内に立てられた的に向かって射ます。
途中で弓が当たります様にとのまじないの所作もあります。
弓打ちの後、烏川神社に設えてあった的場に行き、白装束の村神主が古式にのっとり、桑弓、蓬矢で東西南北天地を射、最後に鬼と書いた的(弓打ちの的の裏)を射ます。そして鬼的と対峙し鬼に引導をわたすような台詞を述べ、やがて的を持ち上げ「千破美(ちわみ)の踊り」を舞います。最後に小刀でとどめの一撃を加えます。
なお今年は、弓手のひとりと、鬼斬りの村神主さんは東弥惣の末裔の方が務められました。



[弓矢祭 1_東川]

(2017.1.9)(川上村)


[弓矢祭 2_東川]

(2017.1.9)(川上村)


[弓矢祭 3_東川]

(2017.1.9)(川上村)


[弓矢祭 4_東川]

弓が当たりますようにとのまじない。
(2017.1.9)(川上村)


[弓矢祭 5_東川]

鬼撃ち、
(2017.1.9)(川上村)

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とんど_国栖

昨日行われる予定が、強風で本日に延期されました。
昨夜の強風で折角の設えが壊され、こちらの特徴的な芯の竹が折れて無残な形になっていました。
なんとか補修されて実施されましたが、三方への縄は張られない状態でした。
風も強く、途中で雪も舞い大変なとんどになりました。でも恒例のお餅焼きは行われ村の懇親の場にもなっているようでした。
昔は上と下の集落の二つのとんどで競争していたそうでお互い競い合うように大きなとんどになったとのこと。



[とんど 1_国栖]

(2017.1.15)(吉野町)


[とんど 2_国栖]

(2017.1.15)(吉野町)


[とんど 3_国栖]

(2017.1.15)(吉野町)

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とんど_佐味田

我が町河合町のトンド、すぐ近くの佐味田のトンドです。
ここのトンドは高さでは多分県下隋一だと思います。
松の生木10メートルを芯に立て、三アール分の藁を積み10メートルの青竹100本で囲む様に仕上げてあります。
正月や旧年の縁起物などを燃やしたり、火をいただいて帰り灯明や炊飯に使われるなどは他の地と同じ様な行事。
特段の特徴や神事などはないこともあり、あまり知られてはいないようです。
以前は小正月の前夜の1/14に行われていましたが、最近は成人の日に行われています。
今年は前日からの雨で湿り気味で火勢は少なめでしたが。



[とんど 1_佐味田]

(2017.1.9)(河合町)


[とんど 2_佐味田]

(2017.1.9)(河合町)


[とんど 3_佐味田]

(2017.1.9)(河合町)


[とんど 4_佐味田]

(2017.1.9)(河合町)

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山の神_山添地区

「山の神」は文字通り山村集落のほとんどで祀られてきました。
奈良の集落でも数えきれないくらいあると推測します。
祀り方も様々で、山の神は醜い女の神さんだと伝えられ、供え物も醜い魚ということで「オコゼ」だったり、また男根をかたどったものであったり、山仕事の道具のミニチュアであったりと様々です。
今回は山添村の勝原、菅生の後出、峯出の三地域のお供えを中心に取材させていただきました。
クラダテ(そう呼ばれるとろが多いと思います)は、半紙の四隅に竹串を刺し、垂をつけ、ウラジロやユズリハを敷き、栗、蜜柑、干し柿、トコロ、などが供えられていました。


勝原


[山の神 1_勝原]

(2017.1.7)(山添村)


[山の神 2_勝原]

カギヒキ。高い木に鉤型に切った枝を引っ掛け、数回引っ張る所作があります、各地で木の種類や形も様々。唄のあるところもあります。
(2017.1.7)(山添村)

菅生峯出


[山の神 1_菅生峯出]

(2017.1.7)(山添村)


[山の神 2_菅生峯出]

綱が掛けられ、男女を表す木の股が結わえられています。
(2017.1.7)(山添村)

菅生後出


[山の神 1_菅生後出]

(2017.1.7)(山添村)


[山の神 2_菅生後出]

(2017.1.7)(山添村)

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初えびす_南市恵比寿神社

御由緒(神社の掲示より)
南市は鎌倉時代に開かれたとされ、高天市や北市とともに南都の三市と呼ばれ、正月五日に初市が行われていました。その頃から当神社は市場守護神として栄えてきました。祭礼は、正月五日の初市に行われ、俗に「五日えびす」といい、大和の数ある「えびす祭」の中でも最も賑わったと伝えられています。現在も、招福と商売繁盛の神様として知られ一月四日に宵えびす、五日に本えびすを執り行っています。尚、大和伝統には子供の好きな神様との伝承もあります。



[初えびす 1_南市恵比寿神社]

(2017.1.5)(奈良市)


[初えびす 2_南市恵比寿神社]

(2017.1.5)(奈良市)


[初えびす 3_南市恵比寿神社]

(2017.1.5)(奈良市)

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御弓始祭_大和神社

新春恒例の御弓はじめ祭。拝殿で無病息災、五穀豊穣を祈年された後、小川原流の古式に則り、奈良県弓道連盟の会員、宮司、氏子、地元の中高校生らによる弓打ちが行われます。
弓はじめの最初に鏑矢を打つ蟇目(ひきめ)の儀が行われます。矢の先頭に鏑をつけ、打つとひゅ〜と大きな音を立てて飛びますので、戦場における合図として打たれたとの説などがあるようです。



[御弓始祭 1_大和神社]

宮司さんの弓引き
(2017.1.4)(天理市)


[御弓始祭 2_大和神社]

(2017.1.4)(天理市)


[御弓始祭 3_大和神社]

蟇目の儀を終えた弓手が神主の弓引きを見守る
(2017.1.4)(天理市)

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修正会_金峯山寺





[修正会 1_金峯山寺]

(2017.1.3)(吉野町)


[修正会 2_金峯山寺]

(2017.1.3)(吉野町)


[修正会 3_金峯山寺]

(2017.1.3)(吉野町)

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観相窓_大仏殿

元旦と盂蘭盆会の夜に大仏殿の観相窓が開けられ、お堂の外から大仏さんのお顔を拝めます。普段は親しみさえ感じる大仏っつあんですが、暗い中、灯りに照らされ金色に輝くお顔には荘厳さをあらためて感じます。



[観相窓_大仏殿]

(2017.1.1)(奈良市)

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正月の神饌_高原(たかはら)

高原の十二社神社では、大祭と歳旦祭には「かけ鯛」や「炊き御供」を神饌として供えられます。
恵比寿に関係する神社の他での「かけ鯛」は珍しいと思います。
大晦日の夜半に村神主2人だけにによって支度され献饌されます。
開けて新年を迎えると同時に神事が行われ、その後集落の氏子さんたちは明け方からお参りに来られます。



[正月の神饌_高原(たかはら)]

(2017.1.1)(川上村)

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繞道祭_大神神社


新年の明けとともに行われる大神神社の繞道祭(にょうどうさい)。「ご神火まつり」とも称され、年初第一番に斎行される神事。ご神火を3本の大松明に移し、氏子の若者がかつぎ、山麓に鎮座する摂末社19社の巡拝をかけ声と太鼓を響かせ走り回ります。一番離れた桧原神社に到着。




[繞道祭_大神神社]

山麓に鎮座する19の摂末社は山辺の道あたりにあり、ここ桧原神社のあたりからは畝傍山、耳成山、二上山方面や町が望め、池に映る松明の流れは厳粛且つ美しいものです。
今年は快晴で西の空にオリオン座も輝いていました。
(2017.1.1)(桜井市)

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ご神火_西河十二社神社

新年の最初にご神火をきり出し、その火を手松明や提灯などに移して家に持ち帰り、お正月の煮炊きに使うという風習は全国的に他でも見られると思います。
ここ川上村の西河十二社神社(大名持神社)では村神主が年が明けると同時にご神火松明に着火され村人の前に持ち出されます。まずは大滝地区、西河地区の寺社へご神火が運ばれ、そのあと村人の持つ手松明に次々に点火されます。それぞれがおうちに持ち帰りローソクに移し、神棚、仏壇の灯明に点火されます。また雑煮などの煮炊きに使われます。大晦日からの境内の大トンドも名物。



[ご神火 1_西河十二社神社]

(2017.1.1)(川上村)


[ご神火 2_西河十二社神社]

(2017.1.1)(川上村)


[ご神火 3_西河十二社神社]

(2017.1.1)(川上村)


[ご神火 4_西河十二社神社]

(2017.1.1)(川上村)


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