プレゼント〜美坂栞誕生日記念SS〜

1/30(日)

 私が再び誕生日を迎えることができるのは奇跡と言っていいことです。

 去年は誕生日まで生きられないと言われていたのですから。

 だから、多くのことを望んではいけないことは解っています。でも・・・誰も誕生日の

ことを言い出してくれないのは悲しいです。

 私から言い出すことは出来ません。今ここで当たり前の日常を過ごしていることに感謝

しなければいけないんです。我が侭言っちゃいけませんね。

 そう自分に言い聞かせて、部屋を出ようとしたときでした。

 「栞、起きてる?」

 ノックの後、お姉ちゃんの声が聞こえてきました。

 「起きてるよ」

 「じゃあ、部屋に入ってもいい?」

 「うん、いいよ」

 ドアを開けてお姉ちゃんが入ってきました。どこかへ外出するのでしょうか、お気に入

りだと言ってた、青のワンピースを着ています。

 「栞、今日は何か予定ある?」

 「何もないよ」

 今日は日曜日、本当なら祐一さんと2人でデートしたかったのですが、祐一さんに用事

があると言われて断られました。今日だけじゃありません。ここ1ヶ月はお昼を一緒に食

べたり、放課後に2人で帰るだけで長時間一緒に居ることがなかったんです。

 受験のせいじゃありません。三年生でも学年トップのお姉ちゃんが教えた甲斐あって、

名雪さんと共々推薦入試に合格してるんですから。

 受験勉強で頑張ってる祐一さんの邪魔をしないように、去年はデートの回数を減らして

ましたから、今年はたくさんデートできると期待してたのに・・・

 「これから、名雪と2人で出掛けるの。栞も一緒に来ない?」

 「え?いいの?」

 お姉ちゃんの申し出は意外でした。ここ1ヶ月の日曜日、お姉ちゃんも名雪さんとの約

束があると言って、私と一緒に出掛けてくれなかったからです。ちゃんとアイスクリーム

をお土産に買ってきてくれてましたけど。

 「いいから誘ってるのよ。行くの?行かないの?」

 「行くよ、ちょっと待っててね」

 「じゃあ、朝食の準備をするから一緒に食べてから行きましょう」

 「うん」

 「香里〜栞ちゃん〜」

 名雪さんとの待ち合わせは駅前でした。

 「名雪さん、こんにちは」

 「名雪、1時間の遅刻ね。まあ、あたしたちもそれを予測して来たけど」

 「う〜香里、酷いこと言ってるよ」

 「まあまあ、それじゃあ行きましょうか」

 「名雪さん、これからどこへ行くんですか?お姉ちゃんに聞いても教えてくれないんで

 す」

 「えっとね〜香里が教えてないんなら、わたしも教えてあげられないよ」

 「すぐに解るから、それまでのお楽しみよ」

 いつの間にか3人分の切符を買ってきたお姉ちゃんが、私の頭に手を置いて諭すように

 言いました。

 「教えてくれてもいいのに・・・」

 「そうだね〜」

 「名雪、栞を甘やかさないでちょうだい」

 電車に乗ってやって来たのは、大きなデパートのある駅でした。昔家族みんなで来たこ

とがあるのを覚えています。

 「目的地はここなの?」

 「そうよ。まず3階に行きましょう」

 3階にはいろんな服が展示されていました。

 「さあ、名雪。栞にどんな服が似合うか選んでね」

 「そうだね〜栞ちゃんには、これも似合いそうだし、あれも似合うと思うよ」

 「じゃあ二人で選んで、全部栞に着せて決めましょ」

 「え、え?いったいどういうことなの?」

 勝手に話が進んでいくことに我慢できず、口を挟みます。

 「お父さんとお母さんからの誕生日プレゼントよ。私が選ぶように言われたの」

 「えっ・・・」

 「今まで誕生日の話題を避けてた訳は、後で話してあげるから、さっさと更衣室に行き

 なさい」

 「う、うん」

 それから10着もの服を試着して、緑色のワンピースに決めました。今まで持っていた

服よりも大人っぽい物です。

 その後、屋上のレストランで予約席と書かれたプレートが置いてある窓辺のテーブルに

案内されました。そしてお姉ちゃんに促されて、外が一望できる席に座ります。

 「栞、ここ覚えてる?」

 「うん、このデパートに来たとき、いつもこの場所で食事をしたんだよね」

 「このテーブルに座れなくて、栞が泣き出したことがあったわね」

 「うー、ずっと昔のことだよ」

 「そう、昔のこと。まだ栞がお出かけできて、幸せだったときのこと」

 「お姉ちゃん・・・」

 「ほら、二人とも話は後にして注文しようよ。わたし朝ごはん食べられなかったから、

お腹ぺこぺこだよ〜」

 しんみりとしてしまった雰囲気を名雪さんがほぐしてくれました。お姉ちゃんは単に天

然なだけよと言ってましたけど。

 「誕生日の話題を避けてたのは、今年は家族だけで祝ってあげたいと思ってたからなの」

 料理が来る間にお姉ちゃんが話し出しました。

 「栞は相沢君と2人で過ごす誕生日か、友達をいっぱい連れてきて賑やかな誕生日会を

思い描いていたかもしれないけど」

 お姉ちゃんは私の考えてたことをずばり指摘しました。

「栞は家族としか誕生日を祝ったことがないから、特にそう思ってるのよね」

 私の沈黙を了承と取ったのか、お姉ちゃんは話を進めます。

 「でもお父さんも、お母さんも、そしてあたしも、栞の誕生日を祝ってあげたい気持ち

で一杯なの。特に今年は去年祝ってあげられなかった分もね。」

 「お姉ちゃん・・・」

 私は今朝思っていたことを後悔しました。家族全員、私の誕生日のことを真剣に考えて

いてくれたんです。

 「だから、今年だけは昔のように家族全員で祝いたいの。幸せだったときの様にね。来

年からは栞の好きなようにしていいから」

 「そ、そんな。今年だけだなんて。毎年祝って欲しいよ」

 「いいのよ、栞は2人きりで過ごしたい相手がいるんだから。家族で誕生日を祝わなく

なることは淋しいけど、大人になったということなのよ」

 「でも・・・」

 「栞」

 お姉ちゃんが強い口調で、私の言葉を押しとどめます。

 「栞は甘えん坊だけど、肝心のところで我慢するのよね。栞のいい所だけど、それも時

と場合よ。せめて、あたしには正直に話してくれない?あたしは栞の姉なんだから。頼り

ないかもしれないけどね」

 「そんなことないよ。お姉ちゃんは私の自慢だもの。でも迷惑と思ったから・・・」

 「迷惑をかけるのはお互い様よ。そんなことを気にしない関係が、家族であり姉妹じゃ

 ない。あたしは迷惑をかけて欲しいの。少しでも姉らしいことしたいから・・・ね」

 「う、うぅ」

 「栞ちゃん、泣いちゃ駄目だよ〜」

 今まで話をじっと聞いていた名雪さんが、ハンカチを差し出しながら声を掛けてくれます。

 「大丈夫です、嬉しいだけですから」

 ハンカチを貸してもらって涙を拭い、お姉ちゃんを見つめます。

 「じゃあ、本当のこと言うよ。私、誰も誕生日の話題を出さないから、祝ってくれないと

思ってた。でも今生きてることだけで幸せだと思おうとしていた。本当は祐一さんと二人で

過ごしたかったのに、たくさんの友達に祝って貰いたかったのに・・・」

 「ごめんね、栞。そんな風に思ってたなんて知らなかったわ。でも栞の誕生日を忘れるな

んて、有り得ないわよ。それだけは解ってね」

 「うん、ごめんねお姉ちゃん」

 「2人とも・・・」

 話が終わるのを待っていた名雪さんが申し訳なさそうに、切り出しました。

 「もう料理が来てるから、食べていいかな?」

 その時の名雪さんの上目使いで懇願する表情が可笑しくて、

 「くすっ」

 「うふふ」

 私とお姉ちゃんは笑ってしまいました。そして雰囲気が明るくなったんです。お姉ちゃん

は天然だというけど、名雪さんは凄いなと思います。

 食事を終えた後、考え事をしてたらしい名雪さんが話しかけてきました。

 「ねえ、栞ちゃん。良かったら誕生日会をわたしの家でやらないかな?」

 「名雪、どういうこと?」

 私に代わり、お姉ちゃんが問い返します。

 「香里の家での誕生日パーティーは遅くなるでしょ?だから夕方はわたしの家で誕生会を

して、夜は香里の家でパーティーをしたらいいと思うんだよ」

 「確かにお父さんは早くても7時頃にしか帰れないですけど・・・でも悪いです」

 確かに嬉しい申し出でしたけど、名雪さんに迷惑をかけてしまいます。

 「大丈夫だよ、お母さんは賑やかなのは大歓迎だし。それに祐一も誕生日会に参加できる

から、きっと喜ぶよ」

 「でも・・・」

 私にはもう一つ戸惑う理由がありました。名雪さんは祐一さんのことを・・・
 「栞ちゃん」

 いつもと違う真剣な口調の名雪さん。

 「祐一は栞ちゃんを選んだんだよ。自信を持っていいよ。わたしは振られたけど、祐一と

は仲の良いいとこでいたいと思ってるから、二人を応援するよ」

 「名雪さん・・・」

 「だからね?」

 「栞、せっかくだからお願いすれば?」

 黙って聞いていたお姉ちゃんも名雪さんに加勢しました。

 「じゃあ迷惑をかけますけど、よろしくお願いします」

 名雪さんの想いを聞いたら、もう断ることはできませんでした。

 「じゃあ、わたし帰るね。今からお母さんの許可を貰って、準備しないといけないから。

段取りについては夜に電話するよ」

 「解ったわ。秋子さんにもよろしくと言っておいて」

 「うん、香里、栞ちゃん、また明日ね」

 そういうと急いで席を立ちました。こちらが返事をする間もありません。

 「名雪はほんと人がいいわね」

 呆れた様子でお姉ちゃんがつぶやきます。

 「でもそこが名雪のいい所だからね。遠慮することはないわよ、栞」

 「うん」

 「さあ、私達も出ましょうか」

 駅を降りて家に帰る途中、私達は噴水のある公園に寄りました。

 「お姉ちゃん、どうして公園に寄ろうと言ったの?」

 「ほんとはレストランで渡すつもりだったけど・・・」

 そう言いながら、お姉ちゃんが綺麗にラッピングされた袋を私にくれました。

 「あんな話になったから、渡しそびれちゃって。家で渡すのも間抜けだから、栞の好きな

この公園で渡すことにしたの。2日早いけど、特別よ」

 「これ、誕生日プレゼント?」

 「そうよ、開けて御覧なさい」

 中から、紫の毛糸で私のイニシャルが編み込まれた白いマフラーが出てきました。

 「お姉ちゃんが編んでくれたの?」

 「そうよ。ストールを使わないときは、それをするといいわ」

 「嬉しいよ。本当に嬉しいよ・・・」

 首にマフラーを巻いてみました。お姉ちゃんの想いが伝わってくるような感じがします。

 「温かい、温かいよ、お姉ちゃん。これからは毎日使うね」

 「何言ってるの、制服にはケープがあるし、私服にはストールを使ってるじゃない。無理

して使わなくていいわよ」

 「じゃあ、ストールとマフラーを一日交互に使うよ。どちらもお姉ちゃんがくれたプレゼ

ントだもの。大切に使うよ」

 「喜んでくれるのは嬉しいけど、どう使うかはもう少し後に決めた方がいいわよ」

 「えっ、どういうこと?」

 「秘密。さっ、帰りましょ」

 「お姉ちゃん、待ってよ〜」

 さっさと一人で歩き出したお姉ちゃんを追って、私は走り出しました。

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