もうダメだ、そう思ったとき、ドアが開いた・・・

 空いたドアの先に見えたのは栞だった。

 よかった、栞のことを忘れてしまう前に、もう一度見ることが出来るとは・・・

 これでもう思い残すことはない・・・

 人間死ぬときには、今までのことを走馬灯のように思い出すというけど、ここまで

はっきり栞の姿を見て、声を聞くとは思わなかった。それだけ栞のことが好きだったん

だな。それを最後に確認できたことは幸せだ・・・

 

 

 呪いのぬいぐるみ 最終話

 

 

「お姉ちゃん!! やめて!!」

 ドアを開けて入ってきた栞が、香里の前に立ちはだかる。

「栞、どうしてここへ?」

「秋子さんが、教えてくれたの。あのぬいぐるみのせいで、お姉ちゃんがおかしくなっ

たって」

「栞、どきなさい。相沢は栞を泣かせたわ。その罪はつぐなってもらわないと」

「だめ!!」

「わたしの言うことが聞けないの?」

「お姉ちゃん、あのぬいぐるみは手放すから、元のお姉ちゃんに戻って!!」

「わたしは変わってないわ。栞を泣かせる奴は、誰であっても許さない」

「違うよ。私の知ってるお姉ちゃんは、祐一さんのことをいろいろ言っても、最後には

ちゃんと応援してくれてた」

 香里の元に歩き出す栞。

「確かに私は泣いちゃったけど、祐一さんやお姉ちゃんが私のことを思ってしたことだ

から、もう怒ってないよ」

「栞・・・」

「これからも泣いたり、怒ったりすることがあるだろうけど、祐一さんやお姉ちゃんの

ことはずっと大好きだから」

 香里を抱きしめる栞。

「お姉ちゃん、お願いだから元の優しいお姉ちゃんに戻って」

「栞・・・」

 栞を抱きしめようとする香里、その視線に秋子さんが・・・

「!?」

 突然倒れる香里。

「お姉ちゃん、どうしたの!? お姉ちゃん、お姉ちゃん・・・」

 半泣きになって、香里にすがりつく栞。

「大丈夫よ、栞ちゃん」

「秋子さん、お姉ちゃんはどうしたんですか?」

「きっと目が覚めたら、元の優しい香里ちゃんに戻ってるわ」

「本当ですか?」

「祐一さんはベットに寝かせるとして、香里ちゃんはリビングのソファに寝かせましょ

う。手伝ってね」

「は、はい」

「じゃあ、栞ちゃんはこれを持っていてね」

 秋子さんの手からオレンジ色のジャムが栞に渡される・・・

「香里ちゃんを運び終えたら、自家製のアイスクリームを用意するから、栞ちゃん食べ

てね」

 

 

 目覚めると俺はベットに寝ていた。今までのことは夢だったのだろうか?確か香里の

包囲網にかかり、この部屋で香里に栞の記憶を・・・

「栞!!」

 俺は跳び起きて、階段を下りる。

「あら、祐一さん。起きたのね」

「秋子さん、栞を探しにいってきます」

「栞ちゃんならキッチンにいるわよ。香里ちゃんも一緒にね」

「えっ?」

 

「祐一さん!!」

 キッチンに入ると栞が抱きついてきた。

「ううぅ、良かったです」

 目に涙をためてる栞。

「どうしたんだ栞?」

「ごめんなさい、祐一さん。あのぬいぐるみのせいで、恐ろしい目に遭わせてしまって。

もう、あのぬいぐるみは手放しますから、安心してください」

「栞、相沢君が困ってるじゃない。もう離れたら?」

「そんなこと言う、お姉ちゃん嫌い」

「でも周りの目を考えた方がいいわよ」

「えっ?」

 周り・・・いつものポーズの秋子さんに、

「うにゅ?栞ちゃん?」

 起きてきたらしい名雪がいた。慌てて離れる栞。

「名雪、今日は香里ちゃんと栞ちゃんも夕食を食べていくから、手伝ってね」

「は〜い」

 相変わらずこの二人はマイペースだ。

 

「いつの間にか問題が解決してるのだが、一体どうなったんだ」

「さあ、わたしにも解らないわ」

 首を振る香里。どうやら、いつもの香里に戻っているらしい。

「栞は知ってるのか?」

「あのぬいぐるみは呪われてます。祐一さんやお姉ちゃんの言う通りでした。」

「そうか、納得してくれたのか」

「あのぬいぐるみに関わるとみんな不幸になっていくことが、よく解りました。秋子さ

んに教えてもらいましたけど、私も実際に体験しましたから」

「栞、無理してない?どうしても栞が手放したくないのなら、交渉するわよ」

 香里が例のぬいぐるみを持ってきて、話しかける。

「きゃゃゃゃゃっ、いやゃゃゃゃっーーーーー」

 栞はぬいぐるみを見ると、顔を真っ青にして怖がり、俺の背中に隠れてしまった。

「栞?」

「お姉ちゃん、は、早く、そのぬいぐるみをどこかにやって!!」

「わ、解ったわ」

 慌てて香里が部屋を出て行く。

 その後も、栞はしばらく俺の背中にしがみついて震えていた。

 

「秋子さん、栞に何を言ったんですか?」

 夕食の席で聞いてみた。栞の恐がりようが異常だったからだ。

「聞きたいですか?」

「相沢君、止めた方がいいわ。栞は怪談とか好きだったのよ。その栞があんなに怖がる

なんて・・・」

「・・・止めておきます」

 秋子さんに聞けないとなると、栞に聞くしかない。

「なあ栞、今日何かあったのか?」

「そんなこと聞く人、嫌いです」

「こっちも駄目ね。しつこく聞いたら、栞に嫌われるわよ」

「嫌いにはなりませんけど、聞かないでください」

「解った」

「ねえ、祐一。一体なんの話なの?」

 名雪が口を挟んでくる。

「名雪、世の中には知らない方がいいことがあるわ」

 代わりに香里が答えた。

「事件に無関係だったのは名雪だけなんだから、そのことに感謝したほうがいいわね」

「そうなんだ、解ったよ」

 

 結局栞は家に泊まり、香里は帰ることになる。

 香里も泊まったらと誘われたが、ぬいぐるみを早く処分したいからと断ったのだ。

「相沢君」

「何だ?」

「栞のあの様子では一人で寝れそうにないわ。今日は一緒に寝てあげて」
「お、おい」

「手を出したら、承知しないわよ。じゃあね」

 ぬいぐるみを抱えて去って行く香里。

「気を付けて帰れよ〜」

 少し優しくなったんじゃないかと思いながら、香里の背中を見送った。

 

「祐一さん」

 ドアを少しだけ開けて、栞が顔をのぞかせる。心なしか顔が赤い。

「どうした?」

「あ、あの・・・」

「部屋に入ってこいよ」

「はい」

「ここに座れよ」

 ベットに座っていた俺は、隣に座るように促す。

「・・・」

 黙り込んでしまった栞に声を掛ける。

「栞、一緒に寝ないか?」

「ゆ、祐一さん!?」

「何もしないよ、今日の栞の様子を見てたら、寝れないのかなと思ってな」

「・・・祐一さん、大好きです」

 栞が抱きついてきた。

 香里が事前に許可してくれたおかげで、格好良く決めることが出来た。

「今日はいっぱい抱きしめてくださいね」

 栞も幸せそうだ。

 

 「すーすー」

 隣では栞が寝息をたてている。さっきまで怖がっていたが、やっと寝ついたところだ。

 結局あのぬいぐるみは何だったのだろう。俺や栞、香里をこれだけ振り回すとは。秋

子さんと栞は何か知ってるようだが、その話題は封印してしまった。もう聞くことはな

いな。

 それにしてもあのぬいぐるみを落札したのは、どんな奴だろう?呪いのぬいぐるみと

知ってるのだろうか?

「まあ、いいか。もうあのぬいぐるみと逢うこともないし」

 栞の温かさを感じながら、俺も寝ることにしよう。

 

 

「・・・やっと届きました。」

「あのぬいぐるみが、3万円ほどで手に入るなんて思いませんでした。」

「浩平が帰ってきたら、立て替えたお金を返してもらいます」

 がさがさ・・・

「ふかふかです」

「・・・・・・」

「浩平って・・・誰?」

 

 

 呪いのぬいぐるみ 完

 

 

☆あとがき
 漱石タラちゃんです。

 ここまで読んでくれた皆さん、本当にありがとうございました。

 初のSSでいろいろ至らない点があったと思いますが、お許しください。

 最後に栞を活躍させることが出来て、良かったと思います。これで主役の面子は立っ

たかな?

 香里は後半すっかりブラックモードになってしまいましたが、あれは呪いのぬいぐる

みのせいと思ってください。

 暴走してしまいましたが、本当は香里が好きなんです。信じてください。

 以上、長かったSSも終了です。最後まで付き合ってくれて、本当にありがとうござ

いました。

 もし感想を送ってやろうという奇特な方がおられたら、souseki@lint.ne.jpの方へ

お願いします。

 

 

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