四条傘鉾 |
古く応仁の乱以前に起源を持っていますが、明治4年以降途絶えていた傘鉾です。昭和60年に本体が再興され、路上に飾るだけの「居祭(いまつり)」を続けていましたが、3年後に踊りと囃子が再現され完全復興しました。棒振り踊の構成は、棒振り2人と鉦(かね)・太鼓・ササラ各2人の計8人の子供からなります。囃子に合わせて踊る様子は、綾傘鉾のそれとは印象が違っていて、実に味わい深いものです。 |
綾傘鉾と同じく鉾の最も古い形態を残す傘鉾である。しかし以前は台車は付いておらず、人が持って巡行していた。傘鉾というのは、儀杖(ぎじょう)用の矛(ほこ)に傘を付けたもので、神事では神様の仮のお姿として祀られたという。四条傘鉾も傘鉾と棒振り囃子の行列で巡行に参加するが、これは素戔鳴尊(すさのおのみこと)が大蛇(おろち)を退治したとき、鬼たちが主人を捨てて尊に従って北天竺まで送ったさまを表したものだといわれている。 |
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