それから数日後の放課後、俺は香里に呼び止められた。

「相沢君、ちょっといいかしら?」

「デートなら駄目だ。もう1年先まで予約でいっぱいだからな」

「おもしろくないわよ」

「そうか。ところで用件は何だ?」

 ジョークを素通りされたので、話を戻す。

「妹のことよ」

 妹の栞が消えてしまう悲しみに耐えられず、栞の存在を拒絶した姉の香里。そんな香

里が妹という一言を自然に言えるようになるまでには、いろいろあった。

「相沢君?」
 いかん、つい感慨にふけってしまった。

「話を続けてくれ」

「ここでは話せないから、百花屋まで付き合ってくれる?」

「イチゴサンデー」

 百花屋に反応して、名雪が口を挟む。

「また今度付き合ってあげるから」

「う〜」

「ほら、今日も部活でしょ」

「解ったよ、約束だよ」

 名残惜しそうに名雪が教室を出て行く。

「じゃあ、行きましょうか」

 俺の返事を聞かないまま、香里も教室を出て行く。

「いつもながら香里のペースだな」

 苦笑しながら、俺も続いた。

 

 

 呪いのぬいぐるみ 第2話

 

 

「相沢君、栞に変なぬいぐるみをプレゼントしたでしょ」

 店員がコーヒーとオレンジジュースを持ってきてから、おもむろに香里は話し始めた。

「ああ、確かにあのぬいぐるみは変だな」

「否定しないのね」

「動かしようのない事実だからな」

「そう、だったら話は早いわ」

 そして眉をひそめながら、言葉を続ける。

「あのぬいぐるみは、呪われてるのよ・・・」

「ど、どういうことだ?」

 あれには不吉なものを感じていたので、思わず声が震える。

「あのぬいぐるみが家に来てから、栞に不幸なことばかり続いてるわ」

「しかし、栞はそんなこと一言も言わなかったぞ」

「恋人からもらった物が原因で呪われてます、なんて言える訳ないでしょ?」

「そんなことストレートに言う奴はいないぞ」

「・・・とにかく、栞は相沢君に心配をかけたくないのよ」

「初めからそう言ってくれ・・・」

 そう言いながらも、初めて香里をやりこめたことに驚く。平静を装ってる香里も、実

は動揺してるのかもしれない。

 

「ここからが本題だけど・・・」

「続けてくれ」

「栞にぬいぐるみを返すように言っても、『祐一さんにもらった物を返せない!』の一

点張り。仕方がないから、昨日栞がいない間に・・・」

「捨ててきたのか?」

「違うわ。写真を撮ったのよ」

「写真?霊能者にでも見てもらうのか?」

「相沢君、この世の中に超常現象なんて存在しないのよ。全て科学的に説明できるわ」

「いや、七年間眠り続けた女の子の話とか、ものみの丘の妖狐の話とか、魔物と闘う超

能力少女の話とか、世の中には科学では説明のつかない出来事がいっぱいあるぞ」

「いやに具体的ね」

「それは・・・いかん、別の話になってるぞ」

「相沢君のせいよ」

 俺か、俺のせいなのか!? 香里も話に乗ってきたのに。しかし、それを言い出すと

話が進まない。

「話を先に進めてくれ」

 泣く泣く、香里を促す。

「写真を撮って、パソコンに取り込んで、ネットオークションに出品したのよ」

 しかし香里の話は俺の常識を超えた話だった。

「話が飲み込めないんだが」

「言葉の通りよ」

「・・・ネットオークションって何だ?」

「ちなみにインターネットって知ってる?」

「話には聞いたことがある」

「・・・つまり知らないのね」

 ため息をついた香里が足早に説明し、ようやく理解することが出来た。

 

「つまりインターネットで開催されている、競市にあのぬいぐるみを出品したんだな」

「大枠は合ってるわね。でもここからが大切なのよ」

 目を伏せながら言葉を続けようとする香里。その表情から深刻な内容と思われる。

「ちょうど手続きを終えたときに、栞が来たのよ・・・」

「タイミングが悪くて、ごまかしきれなかった・・・」

「栞は真実を知ると、わたしに言ったわ・・・」

「『そんなことするお姉ちゃん、大っ嫌い!!』って・・・」

「それっきり、栞とは一言も話してないわ」

「・・・お願い相沢君、栞を説得して」

「あのぬいぐるみを栞から引き離さないと、どんどん不幸になっていくわ」

「・・・」

「・・・」

「栞のためを思ってやったことなんだろ」

「栞があのぬいぐるみを大切にしてくれるのは嬉しいが、香里と喧嘩させる為にプレゼ

ントしたんじゃないからな。何とか説得してみるよ」

「ありがとう、相沢君」

 香里はホッとした表情を見せた。ちょっとドキッとする。い、いかん俺には栞

が・・・

 そんな葛藤を隠すために、言葉を繋げる。

「ところで・・・聞いていいか?」

「デートは駄目よ」

「うぐぅ」

 き、気付かれたか!?動揺して思わずあゆの口癖を使ってしまったぞ。

「ジョークは、こう言うものよ」

 幸いにも香里はそれ以上追及してこなかった。

「ところでなんなの?」

 質問は動揺をごまかすための方便だったが、さっきから気になっていたことを口にす

る。

「栞はどんな不幸にあったんだ?」
「バー○ンドカレーの甘口を試すと言って、玉砕したわ」

「さび抜きの寿司を頼んだはずなのに、ワサビが入ってた」

「おやつで頼んだビザに・・・」

「・・・ちょっと待て」

「何?」

「不幸って、そんなことか?」

「そんなこと?」

 その瞬間、店のクーラーが壊れたのかと思うほど温度が下がった。

「栞は辛いものは全然駄目なのよ。知ってるでしょ?辛い物を食べたせいで、栞が体を

壊したらどうするの?普通の人には何でもなくても、栞にとっては劇薬なのよ!だから

栞が辛い物を食べないように見守ってきたのに、立て続けに事件が起こるなんて!! 

これを不幸と言わないでなんて言うの!!!」

 栞との仲が元通りになってからの香里を見ていて、多少シスコンかなと思っていた

が、ここまで豹変するとは思わなかった。

「解った、解ったから落ち着け」

 このままにしておいたら、どうなるか解らない。必死になだめに入る。

「解ればいいのよ」

 幸いにも香里は普段の落ち着きを取り戻したようだ。

「それに一番の不幸は他のことだしね」

「そうか」

「栞がわたしに『大嫌い』って言ったこと」

「わたしが栞を拒絶したときでさえ、あの子はそんなこと言わなかったのに」

「・・・・・・」

 ツッコミたかった。それはぬいぐるみの呪いじゃなく、香里のせいじゃないかと。

 だかそんなことを言うわけにはいかなかった。この店には俺だけじゃない、他の客も

たくさんいる。無関係の人達を巻き込むわけには・・・

 しかし、このまま何も言わないのは俺の気が済まない。

「ところで超常現象を信じない香里が、どうしてあのぬいぐるみが呪われてると言うん

だ?」

「あのぬいぐるみには得体の知れないものを感じるのよ。相沢君の言う『常識では説明

のつかない出来事』かも知れないわね。わたしは調べれば科学的に証明できると思うけ

ど」

 もう一度香里をやりこめて、やりきれない想いを押さえようとした俺の試みは、あっ

さり失敗した。

「・・・解った、早速栞に会いに行こう」

 ツッコミたい衝動を必死に押さえ、香里を促して百花屋を後にした。

 

 

 第2話完

 

 

☆あとがき

 漱石タラちゃんです。

 第二話は香里だけでした。文章量からすると香里の方に光が当たっている感じがしま

すが、このまま主役になってしまうかもしれませんね。

 香里がパソコンを使うというのはオリジナルですが、どう思われますか?才色兼備の

香里には似合うと思うのですが。

 さて次の話では栞を説得することになりますが、説得は成功するでしょうか?では第

3話をお楽しみに。

 

 

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