目の前のドアには『栞の部屋』と書かれた可愛らしいネームプレートが掛かっている。

 だか俺達はこの部屋に入れずにいた。

 

「栞、相沢君が来たわよ」

「お姉ちゃんが呼んだんでしょ」

「そんなことないわ」

「そんなことないぞ、今日はいきなり訪ねて驚かせようとしたんだ」

「このぬいぐるみは誰にも渡しません

「何のことだ?」

「とぼけても駄目です。お姉ちゃんに頼まれて、このぬいぐるみを手放すように説得し

に来たんですよね」

「ばれては仕方ない、その通りだ」

「祐一さんまで、お姉ちゃんに味方するんですね」

「やっぱりそのぬいぐるみは呪われているんだ。香里だって、栞のことを思って言って

るんだぞ」

「せっかく祐一さんが買ってくれた物なのに、手放せだなんて悲しいです」

「ちゃんと代わりを買ってやるから」

「このぬいぐるみは、初めて祐一さんにねだって買ってもらったんです。何物にも変え

られません」

 俺は軽い気持ちでプレゼントしたのだが、栞がそこまで大事に思っていたとは。

 思わず感動していたら、

「ちょっと相沢君、感動してないで栞を説得しなさいよ」

 香里が小声で促す。そこで次の言葉を継ごうとしたが、

「祐一さん、今日はもう帰って下さい」

 それきり栞の部屋からは何も聞こえてこない。俺たちはドアの前に立ってるだけ・・・

という次第だ。

 

 

 呪いのぬいぐるみ 第3話

 

 

「とにかく、このままではどうにもならない。作戦を立て直そう」

「そうね。じゃあわたしの部屋に来て」

 香里の部屋のドアのネームプレートには、栞の部屋のドアのそれとは対照的に飾り気

のない字で『KAORI'S ROOM』と書かれていた。二人の性格が出ていてなんとなく微笑

ましい。

 香里の部屋に入るのは初めてだが、流石に女の子の部屋だ。綺麗に片付いていた。

 しかしまず目を奪われたのは、女の子の部屋にはふさわしくない機械が机を占領して

いたことだった。

「インターネットを知らなかった相沢君が驚くのは当然ね」

「全部パソコンか?」

「デスクトップが2台とノートが1台、モニターは2台、あとはプリンターにモデ

ム・・・」

「呪文を唱えてないで、話を進めるぞ」

「解ったわ」

 またも素通りされる。話を進めると言ったのは俺だが、何か虚しい。

「とにかく、今の栞を説得するには全てを白紙に戻して、一から説得するしかないと思

うが。」

「つまりネットオークションに出したぬいぐるみを一度引き揚げろと言うのね」

「そうだな」

「それは出来ないわね」

「どうしてだ?」

「わたしの信用問題にかかわるから」

「・・・栞とどちらが大事だ?」

 流石に今の言葉は身勝手だと思い、香里に迫った。

「どちらも大事よ。栞はもちろんだし、わたしの信用が落ちたら栞が悲しむもの」

「どうして、そういうことになるんだ?」

「栞はわたしが綺麗で、頭が良くて、完璧だと思ってる」
「・・・」

「本当は全然そんなことないのに。でもそんな期待をされたら、答えてあげたいじゃな

い」

「だから、些細なことでもミスするわけにはいかないのよ」

 少し思い詰めた表情で話し続けていた香里はここで一息つくと、

「栞を怒らせたのは大きなミスだけどね」

 と自嘲気味につぶやく。

「・・・だったら栞の憧れのお姉ちゃんとしては、ミスを取り返さないとな」

「相沢君?」

「お姉ちゃんは完璧なんだから、全てを丸く収めるのは朝飯前だろ?」

「もう、ちゃかさないで」

 顔を赤らめる香里。もう少しからかいたい気もするが、話を進めないとな。

「これで思い詰めるのは終わりだ。栞のために頑張りたいのは俺も同じなんだから、協

力しようぜ」

「・・・そうね。今はあのぬいぐるみをどうするかが、問題よね」

 やっといつもの香里に戻ったようなので、本題に戻る。

「香里には何か考えはないのか?」

「あるけど、相沢君の協力が必要よ」

「おう、何でもやるぞ」

「それじゃあ・・・」

 

 香里と打ち合わせた後、俺一人で栞の部屋の前に立つ。

「栞、出てきてくれないか。ここには俺しかいないから」

「・・・」

「栞、おまえの顔が今すぐ見たい」

「・・・祐一さん、恥ずかしいこと言ってますよ」

 ドアを少し開けて、栞が顔を出す。

「ドラマみたいで格好良かっただろう」

「ですから出てきました」

「そこで話なんだが」

「さようなら、祐一さん」

「ちょっと待て、ぬいぐるみを手放せという話じゃないぞ」

「じゃあ、どういう話なんですか?」

「栞がぬいぐるみを手放さず、香里が妹の心配をしなくて済む話だ」

「そんな都合のいい話があるんですか?」

「よく聞けよ、俺があのぬいぐるみを競り落す」

「・・・」

「そうすれば、この家にぬいぐるみがいなくなるから香里は安心できる。ぬいぐるみは

俺の元にあるから、栞はいつでも逢える」

「祐一さんの物は、私の物ということですね」

「そうだ、今まで以上に気楽に俺の部屋へ遊びに来ることが出来るぞ」

「祐一さん恥ずかしいです・・・」

 栞が真っ赤になってしまった。別にそういう意味で言ったんじゃないんだけどな。

「でも嬉しいです。祐一さんとなら、あんなこともこんなことも・・・」

 俺も嬉しいが、このまま栞を放置すると妄想の世界に行ってしまうので、ここらで連

れ戻すことにする。

「栞〜」

「は、はい」

「競り落すための準備があるから、しばらくはまっすぐ帰るな」

「仕方ないですね」

「土曜日がオークション〆切だから、家までぬいぐるみを持って遊びに来いよ」

「はい、楽しみですー お泊していいんですよね」

「いや、それは・・・」

「お泊、お泊〜」

すっかりご機嫌な栞を見てると、それでもいいかと思う。

「じゃあ帰るけど、香里とも仲直りしろよ」

「はい、解りました」

 

 帰る前に香里の部屋に立ち寄る。

「取り敢えず栞の方は大丈夫だ」

「そうみたいね」

「準備は明日でいいんだな」

「相沢君の部屋に持っていくパソコンを用意しないといけないから、今日は無理だしね」

「オークションの方が気になるが・・・」

「大丈夫よ。まだ誰も入札してなかったから」

「それなら心配いらないな」

「それよりも気になることがあるんだけど・・・」

「何だ?」

「あんなことやこんなことって何?」

 ぐぁ、あの会話を聞かれていたか。混乱して答えに窮していると、二の矢が飛んでく

る。

「まあ相沢君は栞と付き合ってるわけだから、何かあっても不思議じゃないけど、栞を

傷つけたら許さないわよ」

「どう解釈したらいいんだ」

「言葉の通りよ」

 微妙な言い回しなので思わず問い返したが、答えはやはり返ってこなかった。下手す

ると栞にキスしただけでも傷つけたと言われそうだな・・・と悩んでいると、

「まあ栞が幸せならいいんだけど。それよりパソコンを使うのは大変よ。栞のために頑

張ってね」

 香里自身がこの話題を打ち切ってくれたので、助かった。

 しかし香里には一生頭が上がらない気がする・・・

 

 

 第3話完

 

 

☆あとがき
 漱石タラちゃんです。

 やっぱり香里の方が目立ってますね。このまま香里SSになってしまいそうです。

 さて前回は触れませんでしたが、ネットオークションについて。

 僕はネットオークションは一度も利用したことがありません。したがって、伝え聞い

た情報だけで書いています。実際とは違っても目をつぶっていただけると幸いです。

 

 

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