翌日、香里の使っていたパソコンを俺の部屋に運び込み、香里先生によるパソコン教

室が始まった。試験勉強のときと同様に、香里先生は厳しい。しかし、そのおかげで短

期間にもかかわらず、自力でインターネットに繋げるまでになった。

 ただ放課後はいつも香里と一緒に帰るので、

「祐一、栞ちゃんはどうしたの?」

「相沢、美坂と一体何をやってるんだ!」

 といった風に名雪と北川に詮索されることになったが。

 しかし香里には通じない。

「秘密」

「う〜」

「相沢、答えろよ」

「秘密」

「・・・」

「・・・」

 1回目と言葉は同じだが、口調が違う。二人とも黙らせたことで、どんな物か想像し

て欲しい。

「さあ、行きましょ」

 香里は何事もなかったように教室を出て行く。

「香里を敵にしない方がいいな」

 固まってる二人に小声で本音を洩らすと、俺も香里の後を追った。

 

 

 呪いのぬいぐるみ 第4話

 

 

 今日はいよいよ総仕上げで、自分でオークションの入札をすることになる。

 何度も反復した手順で、インターネットにつなぎオークションのサイトへ。そして例

のぬいぐるみの入札と思ったら・・・

「なぁ香里」

「何?」

「昨日までは入札がなかったんだよな」

「そうよ」

「金額が\10000を越えてるんだが」

「嘘!?」

 慌てて香里がモニターを確認する。

「流石はインターネットね。こんなぬいぐるみでも、欲しがる人がいるんだから」

「感心してる場合じゃないぞ、もし落札できなかったら・・・」

 栞が機嫌を損ねることは間違いない。いや、それでは済まない気がする。

「落札するのよ」

「落札しなければ、どうなるか解ってるでしょ?」

 声は穏やかだったが、目が、目が怖い。

 栞も心配だが、香里が切れたら、どんな大惨事が起こるか解らない。俺は黙ってモニ

ターに向かうしかなかった。

 しかし何度か入札するものの、そのたびに競られて\15000を突破する。

「これじゃあ、きりがないわ。しばらく様子を見た方がいいわね」

「初めから様子を見た方が良かったんじゃないか」

「それじゃあ、相手の出方が解らないじゃない」

「それはそうだが・・・」

 なんとなく納得できない。ここはもう少し話し合った方が良さそうだ。

「ちなみに、もし落札したとして代金は香里に払わないといけないのか?」

「当然よ。と言いたいところだけど、分割払いで勘弁してあげるわ」

「結局払うことには変わりないじゃないか」

「オークションだから不正は出来ないわ、いくら妹が付き合ってる人でもね」

「あのぬいぐるみに、いくら払うのかと考えると気が重いな」

「その代わり、このパソコンはあげるわよ。協力してくれたお礼にね」

「そうか、それは助かる」

 一応香里もこの件については考えてくれてるらしい。

「しかし、初めから俺が栞のぬいぐるみを預かれば、こんなことにならなかったのにな」

 安心して、つい本音をしゃべってしまったが、それは間違いだったことに気付く。

「・・・」

 あの時と同じだ、部屋の温度が下がるのがはっきり解る。

「か、香里・・・」

「可愛い栞のことだもの、他人の相沢君に頼みたくなかったのよ。それに栞に話せば

解ってくれると思った。それなのに栞は、相沢君にもらったものだからという理由だけ

で、わたしの言うことを聞かないなんて・・・」

「栞はわたしより相沢君が大事だというの!わたしは確かに一度、栞の存在を否定した

わ。でも今までずっと栞と一緒にいたのよ!! まだ半月しか付き合いのない相沢君に

は絶対負けないわ!!!」

「相沢君なんて、相沢なんてーーー!!!」

「うあぁぁぁぁぁ」

 こ、怖い、怖すぎる、俺は生命の危機を感じ、逃げようとするが・・・

「逃げるなぁぁぁ!!!」

 香里に右腕をつかまれる。や、やばい・・・

 がちゃ、

「祐一、香里、どうしたの?」

「な、名雪!」

 ちょうど部活から帰ってきたらしい、名雪がドアから顔を出していた。

「名雪?」

 呆然とした香里がつぶやく。どうやら我に返ったらしい。

「祐一の叫び声と香里が『逃げるな』って声が聞こえたから、何かなと思ってドアを開

けちゃったよ。ごめんね、約束やぶって」

 名雪には、香里が俺の部屋に来てるけど勝手に部屋に入るなと言ってあった。確かに

約束を破ったのだが、今の俺には名雪が天使に見える。

「いや、気にするな。俺がパソコンに恐れをなして逃げようとしたのを、香里に止めら

れただけだから。名雪を驚かせた俺の方が悪い」

「そうなんだ。祐一は香里にパソコンを習っていたんだね」

 とっさに言い繕ったのだが、名雪は納得してるようだ。

「わたし、どうしたのかしら?」

 一人香里は何が起こったか解らない様子だ。

「何処まで覚えてる?」

「相沢君にパソコンをあげると言ったところまで・・・」

「その後は、今言った通りだ」

「そうなの?」

「お互いパソコンに熱中しすぎたらしい」

「そう・・・解ったわ」

 香里もしぶしぶ納得した。あのことは俺の胸の中にしまっておこう。そう決意する。

「ねぇ、香里って偉いね。パソコンを使えるなんて」

 俺たちの会話が終ったのを見計らって、名雪が香里に話しかける。

「な、名雪!?」

「どうして、驚く?」

「名雪にはパソコンを使っていることを話してないのよ。暗いとか思われるのが、嫌だ

から」

「そんなこと思わないよ〜 わたしには使えなかったパソコンを香里は使えるのが凄い

と思っただけだよ」

「名雪がパソコンを触ったことがあるとは、意外だな」

「もしかして、ひどいこと言ってる?」

「そんなことないぞ」

「お母さんがパソコンを持ってるから教えてもらったんだけど、結局駄目だったんだよ」

「秋子さんがパソコンを持ってるか?」

 確かに秋子さんは何でも完璧にこなす人だが、パソコンまで使うとは思わなかった。

「そうだよ、お母さんに聞いてみるといいよ」

「ちょうどいいや、一休みするついでにな」

「そうね、ちょっと疲れてたみたいだし」

 

「パソコンは仕事に使いますから」

 一階でお茶を飲むことにした俺たちは、秋子さんにパソコンのことを聞いてみたとこ

ろ、あっさり認めてくれた。

「でも凄いですね。なかなかパソコンは取っつきにくいと思いますけど」

「やりたいことがあったから、使い続けて慣れてしまっただけですよ。祐一さんもパソ

コンを始めたようですけど、やりたいことがあったんでしょ?」

 秋子さんからの質問に、一瞬香里と顔を見合わせたが正直に答えることにする。

「インターネットのネットオークションにぬいぐるみが出てるんですが、それを落札し

ようと思いまして」

「栞ちゃんへのプレゼントね」

 相変わらず秋子さんは鋭い。

「まあそうです」

「祐一、わたしも欲しいよ」

「名雪には、けろぴーがいるだろ」

「けろぴーのお嫁さんが欲しいんだよ」

「自分で探してくれ」

「う〜」

「けろぴーのお嫁さんは、わたしが見つけてあげるから」

「香里、ありがとう」

 香里に抱きつく名雪。まったく、子供だな。

 じゃれあう二人から目をそらしたとき、秋子さんが例の左手を頬に添える仕草で考え

込んでることに気付いた。

「秋子さん、どうしたんですか?」

「わたしもぬいぐるみを入札していたのですが、もしかしたら祐一さんと同じ物かもし

れないと思って」

「えっ?」

 俺も驚いたが、香里は思わず立ち上がっていたから、かなり驚いた様子だ。

「う〜、痛いよ〜」

 その拍子に、床に落ちた名雪が不満の声をあげていた。

 秋子さんの部屋に入る。しかしパソコンらしい物は何処にも見あたらない。

「こちらですよ」

 部屋の奥のドアを開いて、秋子さんが手招きする。

 なるほど、パソコン専用の部屋があるんだと感心しながら、そちらまでいくと部屋で

はなく地下に降りる階段があった。

 秋子さんと名雪は躊躇なく降りていく。俺と香里は思わず顔を見合わせながらも付い

て行く。

 そして着いた部屋には、あらゆるパソコンが置いてあった。

「凄い・・・」
 香里は絶句した後、秋子さんを質問攻めにした。98、88 だのX68000、MSXだの、

ぴゅーただの呪文が聞こえてきたが、さっぱり解らない。

「香里の方が凄いよ」

 そう名雪は評していたが同感だ。秋子さんがこれだけパソコンを持ってるのは、なん

となく納得出来るのだが、その秋子さんをあれだけ質問攻めする香里はただ者じゃない。

 だが感心してても話が進まない。

「あの、ぬいぐるみの話なんですが」

「あらあら、すっかり忘れてました」

「秋子さん・・・」

「冗談ですよ。そこのモニターに写ってますから」

 俺と香里、そして名雪がモニターをのぞき込む。

「間違いないな」

「そうね」

「このぬいぐるみ・・・」

「名雪はどう思う?」

「くー」

「寝るな!」

「う〜、なんて言ったらいいか解らないよ〜」

「正しい反応だ」

「そうなの?」

「栞には内緒だぞ」

「解ったよ」

「相沢君、問題から逃げてない?」

 香里がジト目で俺を見ている。

「そんなことないぞ。これから話そうとするところだ」

「ところで秋子さん」

「了承」

「まだ何も言ってないんですが・・・」

「このぬいぐるみは栞ちゃんへのプレゼントですから、祐一さんに譲りますね」

「ありがとうございます」

 流石は秋子さん、ちゃんと解ってくれている。

「ちょ、ちょっと、相沢君。勝手に話を進めないで」

 香里が口を挟んでくる。

「何の問題もないじゃないか」

「何言ってるの、ぬいぐるみは秋子さんに落札してもらうのよ」

「どうして、そうなるんだ」

「相沢君に頼むより、秋子さんに頼んだ方が確実だからよ」

「栞との約束はどうなるんだ?」

「結果は同じよ、落札できないよりはマシでしょ。それともぬいぐるみで栞を釣って、

何かするつもり?」

「そんなつもりはないが、男として約束は守りたいからな」

「あらあら、困ったわね」

 ちなみに相変わらず困ったように聞こえない。

「じゃあ香里ちゃんがいない間は、わたしが祐一さんをサポートするということでいい

かしら?」

「で、でもオークションの〆切は明日の午後12時なんですけど」

 何故か顔を赤らめた香里が口を挟む。

「なんでそんな時間にしたんだ」

「栞が邪魔出来ないように用心したのよ」

「俺もそんな時間には手を出せないぞ」

「だから相沢君には明日休んでもらうつもりだったわ」

「あのな〜」

「明日は仕事が休みだから、わたしが見てますね。それで問題ないでしょ?」

「栞ちゃんには、祐一さんからプレゼントしてあげればいいですし」

「お願いします。香里ちゃんもそれでいいよな?」

「ちょ、ちょっと相沢君」

「わたしはなゆちゃんでいいよ」

「もぅ、名雪まで・・・」

 香里はちゃんづけで呼ばれることに抵抗があっただけなので、秋子さんの提案を受け

入れた。

 実質秋子さんにおまかせということになったのだが、その方が良かったと思っている。

実の所パソコンは苦手だしな。

 

 

 第4話完

 

 

☆あとがき

 漱石タラちゃんです。

 予定より文章が多くなってしまいました。舞台が水瀬家に移ったので、秋子さん登場

です。名雪は初出ではないけど、この回が実質の登場です。

 秋子さんはパソコンのエキスパートにしてしまいました。まあオールマイティな秋子

さんですから、似合わないということはないと思います。それより、その秋子さんに対

抗する香里はますますパソコンオタク化してますね。

 それにしても秋子さんはオールマイティで使いやすいですね、文章がオーバーしたの

は秋子さんが予想以上に活躍したからです。

 さて主役を奪われかけた栞は、主役の座に返り咲けるでしょうか?第5話をお楽しみ

に。

 

 

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