そしていよいよ当日。授業を終えた俺は寄り道せずに帰り、栞と香里を待つことにし

た。

「お帰りなさい、祐一さん」

「ぬいぐるみはどうなりましたか?」

 一応気になるので、先に聞いておく。

「\30000を越えましたよ」

「そんなにいったんですか」

 いくらインターネットとはいえ、物好きがそんなにいるとは・・・

「大丈夫ですよ、お金を払う必要はありませんから」

「すいません、秋子さんに迷惑をかけて」

「気にしなくていいのよ。それと最後の入札は祐一さんのパソコンを使いましたか

ら・・・」

「気を使ってくれて、ありがとうございました」

 流石は秋子さんだ。ちゃんと花を持たせてくれた。俺はすっかり浮かれて、何か言い

たそうな秋子さんのことを全く気にせずにお礼を言った。

「栞と香里が遊びに来ます。栞は泊まっていきますけど、いいですか?」

 といいながら階段を飛ぶように上がっていく。

 

 

 呪いのぬいぐるみ 第5話

 

 

 部屋を片付けながら、今日一日栞と一緒に過ごせる嬉しさを噛みしめる。この頃放課

後にデート出来なかったから、なおさら嬉しい。

 そうこうしてるうちに、呼び鈴が鳴った。俺は迎えに行こうと階段を下りる。

「香里ちゃん、栞ちゃん、いらっしゃい。あら?そのぬいぐるみ・・・」

「こんにちは秋子さん、今日祐一さんが競り落したから持ってきたんですよ。これから

この子はこの家に住むんです」

「こんにちは。実はわたしが栞のぬいぐるみを勝手にオークションに出したんです。こ

のぬいぐるみを相沢君からもらってから、栞に不幸な出来事が続いたので」

「相沢君がぬいぐるみを持っていてくれたら、そんなこともないだろうし、栞もいつで

も逢えるからと、彼に落札を頼んでいたんです。」

「あらあら、困ったわね」

 いつものポーズ。

「実はあのぬいぐるみは落札できなかったのよ。\30000を越えてしまったから、入札

を止めてしまって。」

「・・・・・・」

「オークションは自分で限度額を決めておかないと、歯止めが効かなくなってとんでも

ない金額になってしまうから。」

「・・・・・・」

「そういう事情だったなら、最後まで競っておいた方が良かったわね」

「・・・・・・」

 俺は階段の途中で固まってしまった。栞と香里も固まってる。

 

 しばらくの沈黙が続いた後、口を開いたのは香里だった。

「栞、こうなったら諦めて、わたしにそのぬいぐるみを渡して」

「そんなこと言う、お姉ちゃん大っ嫌い!!」

「栞・・・」

「お姉ちゃんのせいで、この子と引き離されるんだから!!!」

「栞・・・」

 そして栞は固まってる俺を見つけて、

「私、悲しいです・・・」

「祐一さん・・・うそつきは嫌いです!!!」

 そして目がうるうるしだして、

「うっ、うぅぅ、うわぁぁぁぁぁん」

 とぬいぐるみを放り出し、泣きながら玄関を飛び出してしまった。

「栞!」

 固まっていた俺も流石に反応して、追い掛けようとした。

 しかし腕をつかまれて、止められてしまう。

「栞・・・」

「・・・」

「栞を・・・」

「・・・」

「栞を泣かせたわね・・・」

「・・・」

「栞を泣かせたわね・・・許さないわ!」

「ちょっと待て、香里!俺のせいじゃないだろう、元は・・・」

「問答無用!!」

 あの時と同じだ。正気を失っている。今の香里に何を言っても無駄だろう。とすれば、

逃げるしかない。

 

 

 何とか香里の手を振りほどき、外へ飛び出す。追い掛けてくるかと思ったが、その気

配は無かった。

 そうなると、栞を探すほうが先決だ。俺は栞の家に向かうことにする。その時、

「相沢っ!」

 息を切らしながら、声を掛けてきたのは・・・

「北川じゃないか。何か用か?」

「お前、栞ちゃんに何かしたのか?泣きながら、商店街に走っていったぞ」

「まあいろいろあってな。それより、栞は商店街に行ったのか?」

「ああ、確かに商店街の方向だった」

「そうか、わざわざ教えてくれてすまない。じゃあ急ぐから」

「じゃあな」

 俺は行き先を商店街に変更する。北川に教えてもらわなければ、栞の家で途方にくれ

るところだった。やっぱり持つべきは友達だ。

 だが俺は忘れていた、北川は俺以上に香里には頭が上がらないことを・・・

 

 

 商店街に辿り着く。一口に商店街と言っても広いから、取り敢えず栞が好きそうな店

を回ろうとしたとき、懐かしい顔に出会った。

「真琴じゃないか、久しぶりだな」
「祐一!真琴を捨てて、他の女とイチャイチャしてるなんて・・・許さないから!!」

「真琴にそんなこと言われる筋合いはないぞ」

「とぼけても駄目だからね、ちゃんと美汐から話は聞いてるんだから!」

 天野が?一体何を話したのだろう?と考える暇もなく、真琴が殴りかかってきた。

「えい!」

 どうせ殴られても大したことはないのだが、取り敢えずかわす。

「えい!、えい!、えい!!」

 しかし初めて会った頃とは、まるで違う別人のような動きで連続攻撃を仕掛けてきて、

かわすのが難しくなってくる。風を切る音が聞こえてくるほどだから、当たったらタダ

では済みそうにない。

 しばらく逃げ回り真琴のスタミナ切れを待つが、真琴の動きは全く鈍らない。だんだ

ん焦り出したとき、

「相沢さん」

 天野の声が聞こえた。何処にいるか探すが見付からない。

「真琴は相沢さんに復讐するために奇跡を起こしたんです。それからは毎日毎日特訓を

続けました。昔の真琴とは違うのですよ」

 やっと天野を見付ける。腕を組み、電信柱から体を半分だけ出して状況を見守ってい

た。

「天野、真琴に何を話したんだ?」

「美坂さんから聞いた事実を話しただけです」

「美坂?栞か香里か?」

「今話すべきことじゃないです。それより・・・」

「何だ?」

「ここから公園に行ってくれませんか?」

「この状況でどうやって?」

 相変わらず真琴の攻撃は続いている。真琴は攻撃に夢中で、天野との話も聞こえてい
ない様子だ。

「行くと約束してくれるなら、真琴の攻撃を止めさせます」

「どうして助けてくれるんだ?」

「復讐が終わったら、真琴の生きがいが無くなってしまいますから」

「じゃあ、俺は真琴にずっと狙われるのか?」

「相沢さんには真琴に狙われるだけの理由があるんですよ。諦めてください」

「そうか・・・もうひとつ、栞はそこにいるのか?」

「いるとは約束できません。でも誰かいるのでしょうね」

「・・・解った、約束するから真琴を止めてくれ」

 とにかくこの状況を何とかして、栞を探すのが先決だ。解らないことも多いが、天野

の提案を飲むことにする。

「真琴、ま・こ・と」

 天野にしては大きな声を出して真琴を呼ぶ。

「あぅ、美汐?」

 驚いたことに真琴が止まった。一つのことに集中すると、周りの状況が全く解らなく

なるやつだったのに。

「今日はこの辺にして、おやつにしましょう」

「あぅーっ・・・もう少しで祐一をやっつけられるのに」

「今日のおやつは肉まんよ」

「肉まん!? 早く行こう、美汐」

 天野のところに駆け寄る真琴。そして俺の方を振り向き

「祐一!今日はこれで勘弁してあげる!」

 いつもなら負け惜しみでしかないが、今日は言葉通りで俺が見逃された訳だ。

「では相沢さん、これで失礼します。約束守ってくださいね」

「ああ」

「これで美坂さんに、肉まんの借りを返せました」

 一言つぶやいて、天野は去っていった。

 

 

 第5話完

 

 

☆あとがき
 漱石タラちゃんです。

 ここからは、実は一度送った物を書き直しています。ラストの方があまりにも短くテ

ンションが下がってしまったので、掲載を待ってもらったのです。

 そんな第5話ですが、次の第6話と一本の話にするつもりでした。でも無茶苦茶長く

なったので、半分に割ってしまったのです。

 栞は出てきましたが、すぐに退場してしまいました。このまま主役の座から降りてし

まうのでしょうか?

 香里は完全にブラックモードに入りました。祐一危うし(笑)

 この話、北川の実質的な登場、真琴、天野の初出です。でもほとんど顔出しだけなん

ですが・・・ということで次の話でも他のキャラが出てきます。

 ではいろいろ興味の尽きない第6話をお楽しみに。

 

 

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